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茨の道 その22

2011/01/30 Sun

続きです。

⑤投機屋
 
手法や戦略をベースとするのではなく、トレードとは勝負事だと考え、勝負の腕、センスを磨くことを旨とする会派である。
 
別名、勝負屋、勝負師、投機家、とも言う。
当然、これも絶滅危惧種である。
 
相場師と言われる人たちの多くがここに所属する。
 
トレードとは、理屈で理解することではなく、所詮は勝負事、投機なのだ、という理解がこの会派の根本である。
 
そして、彼らは、相場を理解しようとするのではなく、勝負に挑む自分との戦いに全力を尽くす。
 
多くの会派が、相場を理解しようとするのに対して、この投機屋は、自分を理解することを第一とする。
 
投機の要諦を理解しようとしているのである。
 
多くの会派が、相場を理解しようとして、チャート、戦略、統計にこだわるのに対して、
 
投機屋がこだわるのは、
 
相場の分析ではなく、勝負の要諦にある
 
相手を理解することではなく、自分との戦いをベースに相場を理解しようとしている。
 

「乗せ」が得意な投機屋が多いのは、勝負のやり方がそこに含まれているからであろう。
 
「乗せ」という手法は、時間によるリスク分散の側面がある一方で、「利乗せ」と言われるように、利益を担保として、さらにリスクを拡大させる、という利用方法もある。
 
投機屋の多くが好むのは、この「利乗せ」をして、巨額のリスクを取ることにある。
商品相場の相場師の多くが、この利乗せによって、巨額の利益を手にしていることが知られている。
彼らは、この利乗せを「布陣」と読んで、合戦模様のように相場を張っているのである。
 
過去の商品相場の仕手戦においては、売り方相場師 対 買い方相場師の熾烈な戦いが限りなく繰り広げられていたのである。
 
両者の戦力の読み、布陣、局地戦、場外戦、現物爆弾、など、熾烈な戦いを制した相場師と、負けた相場師、との一騎打ちの多くが、今でも語り草となっている。
余談だが、書籍「赤いダイヤ」は、この小豆市場の仕手戦を描いたものとして有名である。
 
  
投機屋と分割屋の違いは、分割屋が分割こそが技術なのだ、これこそが相場の本質、答えなのだ、と主張するのに対して、投機屋は、分割を手段、道具のの一つと考えている、ことにある。
 
投機屋は、あくまでも、勝負の要諦、にこだわっているのである。
 
 
彼らは、「勝負」「投機」「職人さん」「相場の腕」「技術」「技」などの言葉に敏感に反応するので、分類は容易である。
 
彼らの使っている道具は、ローソク足一本であったり、せいぜい移動平均とか、ボリンジャー程度の直接法を好む。
RSI、RCIなどのオシレーター類の間接法は彼らの嗜好ではないようである。
 
彼らの主張は、「所詮は相場は上か下かというシンプルなものなのだから、複雑にする必用はない。」ということらしい。
 
彼らの信条は、シンプルな素材をシンプルな道具を使って調理する、というところにある。
 
これは、日本料理の造りのようなものであろう。素材の良さを活かすことを最善としている。
 
素材の吟味にこだわるあたりは、環境屋ともだぶるものがある。

 
投機屋は、相場を投資とは考えず、あくまで投機だと考えている。
というよりも、勝負事だと考えている。
 
これは、相場を取ることは相場を予測することではなく、勝負事の要領、投機の原理原則をマスターすることだ、と理解しているのである。
 
理論派は、理屈で相場を理解しようとするが、投機屋は、繰り返しの経験による投機の原則なるものを駆使して儲けようとする。
 
 
だから、彼らは、投機家、と呼ばれることを良しとしている。
 
投機屋が主張する勝負の要諦とは何なのか、これが謎なのだが、ヒントはある。
 
投機屋の一人に話を聞いてみよう。
 
「そもそも相場ってのは、勝負事なんだよ。勝負ってのは、何だ。
勝負に勝つとは、どういうことなんだ。
そこを俺たちはとことん追求しようとしているのさ。」
 
それは何なんでしょう。
 
「それはな、そもそも勝負すべき天の時を待つ、ということでもあるんだ。
しかし、多くの投資家は、そういうここぞというときにも勝負にビビって動きが鈍いんだ。
俺たちは、そんな時に、全力勝負を賭ける。
リスクは厭わないんだ。
なぜなら、
 
勝負すべき時に勝負しなかったら、いつ相場から取るのか
 
ということをいつも考えているからなんだ。
 
普通の奴らが、ビビって勝負できない時に、俺たちは全力で賭ける。
 
相場とは勝負事なんだ。」

あなたの言っていることは、ただの博打なんですか。
 
「違うな。滅多矢鱈に勝負するのは、ただの阿呆だ。
 
さっきも言ったように、勝負すべき時を俺たちは待っているんだ。

それは何か、というと、経験から来るチャンス、ここが勝負時だ、という時期を待つ、ということが大事なんだ。

そういう意味では、俺は、統計屋なのかもしれないな。

しかし、統計屋と違うのは、そこが勝負の場だと感じたら、全力で勝負する、ってことなのさ。
 
2年間負け続けて、その後のたった1回の勝負で資金を爆発的に増やした仲間もいたな。
そういうことだ。
 
ド素人が、2年間勝ち続けて、その後のたった1回のトレードで全財産を失うのとの真反対ってことさ。」
 
 
 
手法屋が「いい道具探し」「特別な道具に頼ろう」ということで、道具に儲けさせてもらおう
 
としているのに対して、
 
投機屋は「無骨なありきたりの道具を利用し」、そのありきたりな道具を使いこなすことで利益を得ようとする。
 
 
統計屋が「過去の確率と期待値」で儲けようとするのに対して、
 
投機屋は、勝負のメリハリ、いざ鎌倉で、儲けようとする。
 
 
投機屋の中には、リスクを恐れない一派も多い。というより、むしろ巨額のリスクを取ることを快感とする猛者も多い。
 
彼らの中から、相場師と呼ばれる「巨額のリスクを厭わない猛者」が誕生する。
 
一夜大名、一夜乞食を往復しているのも彼らである。
 
投機屋は、リスクを取ることを良しとしている者も多く、それがまた彼らの欠点ともなっている。
 
稼ぐこと、稼ぎ切ることについては、彼らの右に出るものはいないのだが、その稼いだ金を守ることを知らない投機屋も多い。
 
ネットバブルで彗星のように現れたカリスマたちも、相場の怖さを知らないが故の投機屋であったのかもしれない。
 
 
逆に、投機の要諦として、リスク感覚をきちんと持って、投機家を目指す投機屋がいるのも事実である。
 
投機屋には、相場の怖さを知らないが故に、投機屋となって、巨額の利益を手にする若者も多い。
一方で、多くの挫折を経て、相場の怖さを知った上で、熟練の投機屋として成功している者もいる。
また、相場師となって、巨額のリスクを取ることそのものに生き甲斐を感じる者もいる。
 
一概に投機屋といっても、様々な勝負師の生き様があるのである。
 
 
繰り返しになるが、他の会派が、相場との戦い、他者との戦いに重点を置いているのに対して、投機屋は、自分との戦いを旨としている。
 
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Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

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@aranami718

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あらなみのトレード水先案内人

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