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茨の道 その23

2011/02/20 Sun

⑥罫線屋
 
罫線分析さえすれば相場が予測できると考えている一派である。
 
当て屋族手法屋科に所属しているが、このメジャー会派の中でも大派閥を有する一派である。
 
手法屋科に属しているが、より過激に「チャート分析」にのみ、答えを見出そうとしている一派である。
 
 
彼らを分類するのはどうすればいいのか、というと、買っている本が、ほとんどチャート分析やチャートパターン、手法に関するものに偏っている。
また、この罫線屋が、情報商材を数多く買っている主力顧客である、ということも言える。
 
何故なら、彼らは、「どこかに勝てるパターンがあるはずだ」と強く信じているからである。
 
 
 
「罫線屋 足を引き引き 足を出し」
 
という川柳が確か林本(林輝太郎氏の著作)に載っていたと思うが、この意味は、
 
罫線の足を書きながら、損をする(足を出す)
 
という意味である。
 
林本には次のようなことを書かれていた。
 
「兜町の橋のたもとには、罫線の秘法を売っている人が結構いた。しかし、彼らのうらぶれた格好を見ると御世辞にも相場で儲かっているようには見えなかった。」
 
 
他の会派においても、概ねチャートは使うのだが、どこが他の会派と違うのか、というと、この会派の特徴は、
 
チャートで先を予想できれば相場で勝てるのだ
 
当たるチャートのパターンさえ発見できれば相場で勝てるのだ
 
という理解をしている、ということである。
 
他の会派は、
 
チャートとは、相場を分析する道具の一つである
 
という理解であり、ここが全く違っている。
 
しかし、チャートにのみ答えを求めようとしている罫線屋にとっては、他の事は大した意味が無いと感じている。
 
とにかく、当てりゃいいんだろ、当てりゃあ、当てさえすりゃ、相場は勝てるに決まってるだろ!!
 
ということである。
 
しかも、それをチャートだけでやろうとしている。
 
 
 
彼らは、相場で勝っているという人を見つけると、勝っている人の考え方には興味が全く無く、ただその人が「どのようなチャートパターンを使っているのか」にしか目が行かない。
 
そして、セミナーなどで聞いてきたパターンだけを真似しようとするのである。
パターンさえ知れば儲かる、と理解しているので、当然の行動である。
結果は、「全く儲からない」「損ばかりする」となる。
 
 
 
特に初心者で顕著な事例は、
 
セミナーでスーパートレーダーの話を聞いて、教えられたパターンを使って、すぐにでも大儲けできると思って、パターンを真似してすぐに売買を始める。
 
そして、ぼろ負けする。
 
結果、あのトレーダーの言ってたことは、ウソだった、となる。
 
彼は、次のカリスマを求めてまたセミナーを受ける。商材を買う。
 
これなら大丈夫だ、と思って、また「パターンのみ」に頼って売買を始めるが、再び「ぼろ負け」する。
 
これも駄目だった、あれも駄目だった、という惨敗続きの記録が残る。
 
彼らの理解では、パターンのみに意味があるのだから、当然に、「パターンがだめだったから負けたのだ」ということになる。
 
大多数は、この段階で「セミナー商材代金+相場の損失」によって退場となり、二度と相場で儲けよう、などという甘い夢を追いかけることなく、堅実な人生を歩む。
 
 
彼らには、まるで見えていないのである。
 
何故、スーパートレーダーが勝っているのか、という本質が。
 
パターンのみにこだわって、その大切な部分を全てスルーパスしているのだから、当然の帰結であろう。
 
セミナーでも、大切な部分ほど聞いていない、聞こえないのが、初心者の罫線屋の耳である。
 
 
そして、この退場までの道のりこそが、初心者の「黄金パターン」である(笑)
 
大多数の投資家の相場人生はこの段階で終わる。
 
ここで生き残れるのは、シャケの稚魚が、再び産卵のために故郷の川に戻れる確率程度なのであろう。
 
大自然の掟のごとく相場の掟もまた厳しい。
 
 
 
とにかく、チャートの見方、読み方のみに執着し、パターン発見に血道をあげている罫線屋はかなりの数になる。
 
 
古くは、一目均衡表や柴田罫線などから、巻物のような必勝法などまで、罫線秘法なるものは、山のようにある。

しかし、それで財産を築いた、という話はほとんど聞かない。
 
一目均衡表や柴田罫線の本は、私の手元にあるが、特に柴田本などは、もう執念というしか無いほどの研究内容である。
この本を読んだだけで、この人はどれほどの時間と労力をこの罫線の完成に費やしたのであろうか、という超大作である。
 
罫線屋の執念、いや、怨念とも言うべきこの作品は、その血の滲むような努力を感じるという意味では非常に価値があるものだと私は思う。
 
相場必勝の秘訣、永久不変の奥義
天底と転換罫線型網羅大辞典第一巻
棒足順張之巻
柴田秋豊 著
全500ページ
 
相場で当たるパターンを見つけるということに対する柴田氏の怨念とも言うべき作品である。
書いていることは、徹底した当て屋目線であり罫線屋目線の内容である。
(ただし、他の会派の目線で見ると、結構有益な内容であったりする。歴史に埋もれさせるにはもったいない。)
(要は道具としての使いようなのである。) 
 
このように、この会派所属の人たちには、ある種、相場を当ててやる、必勝のチャートパターンを見つけてやる、という怨念にも似た情熱を持って、相場を日夜分析している人たちも多い。
 
彼らは、いつしか、相場で儲けることよりも、相場を当てるパターンを見つけることを目的としてしまっている、ようである。
 
何故なら、
 
相場で儲けること = 相場を当てるパターンを見つけること
 
という
 
罫線屋方程式
 
が完全に彼らの頭の中では成立してしまっているからであろう。
 
 
さて、他の会派の人たちはこの会派の人をどのように見ているのであろうか。
 
「気の毒だよね。あの情熱をちょっと別の方向へ向ければ、儲ける、というところへズレていくのに・・・」
 
「遮眼帯を付けた馬のようなものなんだよね。彼らには、相場とは、チャートを使って当てること、ということにしか見えていないんだ。」
 
「当てさえすれば、とか、当たれば、とか言ってるけど、その当てることが本当に可能なのかどうか、彼らは疑問に思ったこともないんじゃないかと思う。気の毒なことだよね。」
 
「俺も昔は、罫線屋だったからわかるんだ。彼らにはチャートしか見えていない。でもな、チャートって過去の単なる足取りでしかない、ということなんだよな。」
 
「チャートは悪くないんだ。ただ、チャートだけ、という意識が問題なんだよな。」
 
「俺は、罫線屋方程式が成立しない、と理解したところからやっと入り口に立てたんだ。長かったな。」
 
 
他の会派の多くの人たちも、幼少時代の一時期をこの罫線屋で育った経験を持っている人たちは多い。
 
投資家の成長過程の一時期には必ずといっていいぐらいに、チャートに夢を託すものである。
 
しかし、その夢のほとんどは夢で終わる。
 
そして、そこから抜け出せたものは、極少数に留まる。
 
多くは、この段階で投資家人生を終了する。
 
全ては、考え方の相違である。
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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter:
@aranami718

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あらなみの相場技術研究所

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