スポンサーサイト

--/--/-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

茨の道 その16

2010/12/11 Sat

ブログ更新本当にサボってしまっています。
 
さて、コメントいくつもいただいております。
今回はコメントにお答えできるものはしようと思います。
話が飛ぶのは、コメントを見ながらということなのでご辛抱ください。
 

 
■体験しないとわからないということ
 
上手く行かないことを体験することで、上手く行く方法を体得する
 
逆説のようですが、最近はつくづくそう思います。
エジソンのフィラメントの発見は、
 
1万回上手く行かないフィラメントの材料の失敗があるからこそ答えがあったのだ
 
という理屈はかなり重要なものだと思います。
 
 
いつも自分の過ちから何かを学び取ろうとした。失敗は宝の山だ、というのが彼の持論だった
 
リバモアは、自分の間違いをつねに客観的立場で考察した。そして言った。「市場で自らを鍛え、何かを学び取りたりと念じるなら、身銭を投じて、自分の手口を注視し、失敗から教訓を得ることだ、と。
 
これは最近読み返しているリバモア本からのものです。
 
みなさんも、外に何かを求めるのではなく、自分の内なるものに目を向けてはどうでしょう。
折角ご自分の失敗と成功という宝物が眠っているのに、外にばかり答えを追い求めてはいないでしょうか。
 
 
 
相場に勝つ必用はありません。勝たなければならない相手は私自身、自分の中の感情の起伏です。
相場師が成功を収めるための戦いは、心理的戦いであって知力の戦いではない。(リバモア)
 
トレードで勝つということのは、自分の感情との戦いである、何と素晴らしい言葉でしょう。
 

 
■順張りと逆張り
 
順張りと逆張りの話ですが、単純に「相場が上がりだしたら買うのが順張り」「相場が下がったら向かうのが逆張り」ということでダメでしょうか。
 
順張りと単純に言えるのは、「500円のレジスタンスを上に抜けたら買う」、というブレイクアウト狙いでしょう。
 
また、逆張りと単純に言えるのは、「25日移動平均との乖離率が-15%になったら買う」、というオーバーシュート狙いでしょう。
 
しかし、若干複雑なのは、これらが入り混じることでしょう。
というか、普通は入り混じるものではないでしょうか。
入り混じるとはどういうことかというと、
 
上位時間軸では順張り、つまり、トレンドに乗ろうとする
 
しかし、短期時間軸では目先の押し戻しを狙う、つまり逆張り
 
トリガーとしては、さらに超短期で反転を狙う、つまり順張り
 
じゃあ、この売買は一体、順張りなのか、逆張りなのか、どっちじゃい、オラオラオラ!!
 
私にもわかりません(笑)
 
ただ、基本の考え方はシンプルなのがいいので、
 
上がったら買う・・・順張り
 
下がったら買う・・・逆張り
 
これで 矛を収めてはもらえないでしょうか。
 

 
■相場の学習プロセス
 
トレードは、元来一人で悩み苦しんで理解していくものです。しかし、やはり教えてもらえればそれに越したことはない。本当に時間の短縮になる、そう思います。
師匠がおられる、というのは非常に幸運だと思います。何故なら、トレードで安定して利益を得られている人などそもそもほとんどいないからです。まさに奇跡の出会いだと思います。
本で独学で勉強すると、どうしても独りよがりになってしまいます。自分の勝手解釈がまかり通るのです。
初心者の人を見ていて思うのは、「どうしてそんな妙な解釈をしてしまうのだろうか」という場面にしばしば遭遇します。
そういう無意味な勝手解釈で何年も無駄に過ごすことが日常です。
教えてもらっていれば、そういう時に軌道修正してもらえるので、本の筆者に私淑するよりはかなり早いスピードで立ち上がれる、と私は考えます。
とは言え、最後は自分なのは同じなんですが・・・
 
先人の知恵というのは、大切だと思います。何もかも一人で背負い込む必用はないんじゃないかと思うのです。
そもそも人類の進歩というのは、教育を通じた先人の知恵の上への積み重ねにあるのです。
何も原始人から始めることは無いのです。
まずは、学び、そして考える、次に繰り返しのトレーニングをして技を身につける、この繰り返しです。
 
トレードとてできるだけそのプロセスを辿れればいいんじゃないか、そう思います。
これは良書でもいいですし、当然見てくれる人がいれば最高でしょう。
例えば、分割だとか、そういういことでも、一人で考えついたことではなく大先生から学んだことだと思うのです。
 
しかし、一方、トレード上達の難しさは、その先人の知恵を最初は全くといって理解できないこと、にあります。
折角、「こっちの道だぞー」と呼んでくれているのに、「自分はこっちの方がいいと思う」と思ってしまうのです。
常に勝手解釈がまかり通る世界が、トレードの学習の道だ、ということです。
私は、「これも仕方がないことだ」ということが最近になってようやくわかりました。
何故先人の知恵を素直に聞けないのか、ということですが、これはエジソンの例えどおり、まずは「一万回の失敗をするから、成功に辿りつけるのだ理論」なんです。
答えは既にあるのですが、それが答えだと納得するために「一万回の失敗の経験がどうしても必用である」というのが私の最新の研究成果なんです。
 
皆さんも出来る限り、思い込みを捨てて、一度素直に先人の知恵を聞いてみる、小学生のように、受験生のように一旦は暗記するぐらい学習する、ということをやってみられてはどうでしょう。
学生時代の勉強とはそういうものだった、ということをすっかり忘れてしまって、「本を一度読んだだけでわかった気になっている自分」がいないでしょうか。
一旦受け入れる、取捨選択するのは、その後で十分です。
 
私は今、改めてリバモア本をラインマーカー片手に読んでいます。前に数回読んだ本ですが、すっかり記憶から消えているものですね(笑)
 

 
 
■理解の確認
 
わかったつもり、対応したつもり、かどうか、確認するためには、一度完全なるシステム(単純なものでよい)に基づいて売買してみることです。この確認のためなのですから、結果はどうでもいいです。
そうすると、自分が如何にこれまで予測まみれだったか、ということにハッと気がつくことになるでしょう。
 

 
 
■エントリーとエクジットの違い

値動きを予想すること、値動きに対応すること、似て非なるものである、という考え方ですが、そこに損益が絡むので、ポジを持っていれば相場に素直になれなくなる、ということなんでしょう。
エントリーとエグジットの違いは、
 
エントリー・・・やってもやらなくてもよい、チャンスをひたすら待てる忍耐力が試される一方で、損失への恐怖から戦場へ突撃するのに躊躇してしまう自分との戦いとなる
 
エグジット・・・どうしてもやらねばいけないことがある、チャンスでなくてもリスク管理上必用なことがある、お金の増減に振り回される恐怖と欲望との戦いになる、利食って安心したい心を忍耐力で跳ね返さねばならない
 
ことでしょうか。
 
 
5000字を越えたので、記事を分割して明日掲載します。 
スポンサーサイト

茨の道 その17

2010/12/12 Sun

■道具と環境
 
その13に書いているとおり、「要は、どんな道具を使っても、いいトレンドが出なければ負ける、ということだけです。良いトレンドが出ないのに、勝てる順張りの方法はありません。つまりは、ツールに凝っても無駄な抵抗、ということになります。」
 
順張りであれば、トレンドが出なければ負ける。どんな道具を使ってもそれは同じである、ということです。
エントリーの方法にこだわる人がものすごく多いわけですが、どういうやり方をしても、いいトレンドさえ出れば同じように勝てるし、どんな道具を使っても保合いに戻れば負ける、ただそれだけです。
なかなかわかってはもらえない考え方です。
 

 
■プロセス重視という意味
 
トレードは結果が本来全てです。しかし、この結果を追いかけても答えはなかなか見つかりません。
 
やるべき事をやる、そうすれば後から結果がついてくる
 
これは、どんなことでも同じなんだろうと思うのです。
営業でも訪問件数を重ねること、入試でも日々の勉強の積み重ね、その作業の積み重ねが結果に結びつきます。
 
企業というものも同じ。利益ばかりを追いかけている企業など魅力がありません。
社会が「こういうものを欲しがっている、こういうサービスがあったらいいのになあ。」という社会的ニーズでどれだけ答えられたのか、その成績簿が企業の利益だ、ということではないでしょうか。
反社会的企業が一時的に利益を上げることは可能ですが、それは継続的なものではありません。
これは、善悪というより、ニーズがあるかどうか、ですので、例えば、「カジノ企業」「風俗企業」であっても、社会的ニーズがあれば、それは成功する企業となります。
ちょっと脱線しましたが、
 
相場で勝とうとするのではなく、相場に正しくあろうとせよ
(野川軍曹語録)
 
そうすれば自ずと結果はついてくる、お金を追いかけまわしていてはいけない、ということではないかと感じます。
 
 

■裁量とシステムの違い
 
ルールに完全に基づいた売買をシステムトレード、最近の言い方では、アルゴリズムトレードと言いますが、では裁量はどうなのか、という疑問がわいてきませんか。

果たして、裁量とシステムとはどう違うのか

多くの人は、エントリーを裁量するのだ、と考えておられますが、そうなると自己規律の無い勝手売買となってしまいます。
エントリーを裁量する、ということは、予測による売買にかなり違いものになってしまいます。その場その場で判断するということは、将来の予測に基づいて判断する、ということです。
 
私の考える裁量とは、
 
ルールは同じであっても、システムで認識するのが難しい環境フィルターを使って裁量している
 
環境によって、ルールそのものを裁量している
 
裁量では、ロットを調節する
 
基本は、環境認識重視と道具の使い分け、この2点ではないかと思います。
事前の計画に基づいたトレードという点は同じなのですが、違いはその事前の計画そのものにある、ということなんです。
 
 

■予測をするしない、ではなく、できるできない、ということ
 
予測について、私が言っているのは、「するしない」ではなく「できるできない」の議論なんです。
当たるなら、やればいいに決まっています。私とて異論はありません。当たれば勝てるのですから。
ですから、できると思う人はやればいいだけ、できないと思う人は、別の道を考えましょう、ただそれだけのことです。
 
それにしても予測という言葉のレンジは広いです。
広いが故に、相場分析=予測、と同義として使われるケースも多いです。
しかし、それでは、私の言いたいことが伝わらないために、ここでは狭義に定義してしまって、予測と対応、を分けることとしました。そうでないとなかなか論理展開が難しいのです。
これは、ここでのローカルルールですので、これが正しいかどうかの議論に意味がありません。
この定義に基づいて話を進めましょう、その方が便利ですので、という意味です。
 
また、リスク管理という点では、「予測するのではなく、あらゆる可能性を考慮する」ということだと思います。
「こうなるだろう」と思って行動するのではなく「こうなる可能性がある、だから対処しておこう」ということです。
落とし穴の例えがありましたが、私から見ると、予想と可能性の話なんです。
これもまた予測という言葉を狭義に使っています。
しかし、概念としては、かなり違うと思うのです。
 
「こうなるだろう」と予想するのか「いや多分ならないだろう」と予測するのか、これは
 
非常に主観的なこと
 
ですよね。
 
私の言う可能性というのは、
 
客観的事実に基づいたもの
 
であり、主観的なことをできるだけ排除しようとする試み、でもあるのです。
予想は人によって違いますが、可能性は事実に基づいたものなので、事実認識が同じなら答えは誰が考えても同じになるはずです。
 
 
そう考えると、予想と対応についても、次のように言えます。
 
予想が主観的であるのに対して、対応は客観的です
 
というより、出来る限り主観的判断を排除し、客観的になろうとする試み、でもある、のです。
 
判断すれば、確実に相場に負ける
 
これは、相場が人の心の弱いところを巧みに突いてくる性質を持っているからです。
人は、恐怖と欲望という本能に抗うことが困難なので、そこを突いてこられるとイチコロなんです。
 
 
さて、予想が人によって違うのに対して、客観は、同じ事実認識なら答えも同じになります。
 
予想が主観的判断によっているのに対して、対応は客観的事実により行動しているのです。
 
予想が事実を主観的に判断しようとする試みである
(500円のブレイクを破ったら、次にどうなるか考え、上がりそうなら買うという行動様式)
 
のに対して、
 
対応とは、事実を客観的に受け入れてその事実に基づき、事前の計画どおりストレートに行動すること
(500円のブレイクを破ったら買う、という行動様式)
 
私にとっては、全く違うことです。
 
まあ、ここは、野川軍曹の受け売りでもありました、失礼しました(笑)
 
そう言えば、昨日読んでいた敬愛するリバモア氏の本に、
「投機とは価格変動を予測することに他ならない。」
とバッチリ書いてありました(笑)
これをもって、リバモアは当て屋だったのか、というとそうでもなく、本をよく読むと、リバモアは、主観を排除し、客観的にトレードせよ、と力説しているので、ここでも、予測の定義が相場分析全般に及んでいることがわかります。 
 
ついでに、リバモアは分割をかなり強調していますが、人によっては(H派)「分割以外は当てものだ!!」という意見の人も多いです。
私は、そもそも分割はしませんが、といって当て屋でもありません。
分割しなくても、当て屋じゃない、といっても、その筋の人達に言わせればだめなんだろうな(笑)
また、強面のお兄さんたちに攻められるかもしれないコメントでした(笑)
 
 
 
■相場のランダム性

相場とは面白いものです。
確かに相場はランダムではありますが、それは目先のトレードのこと。
次の値動きを当てろ、と言われれば、これは初心者もプロもほとんど同じで、どちらが勝つかわかりません。
しかし、1ヶ月単位、半年単位で判断すると、どちらが勝っているのかは明白です。
目先の相場のランダム性を信じつつ、継続するトレードでのトータルでの確実性を信じること
 
うーん、難しいでしょうか。単発でも当て屋じゃない人の考え方でした(笑)
ということで、私は効率的市場仮説は絶対に信じません。自己の存在の否定ですので(笑)
 
 
 
■順張りと逆張りの言葉の定義について
 
そう難しく狭義に考えないといけないようなことなのでしょうか。
おっしゃっていることの「逆張り」は、私の定義では「押し戻し狙い(プルバック狙い)」という言葉になります。
まあ、それぞれ好きに定義しましょう。
私は、シンプルイズベスト派で行きます。
 
  

■思い込み
 
思い込みって誰にでもあります。
龍馬は、こんな人物だった
家康は狡猾だった
とか、言い切る人、とか、あんたの友達だったのとか思うほど明確に言い切る人がいますが、どうなんでしょう。
小松帯刀のあの俳優はイメージと違う、とか、言ったって、どんなイメージやねん!!
篤姫の時のイメージやろ!!
とツッコミ(笑)
私も勝手に思い込んだ失敗など数知れず。ですから、思い込み排除のために、「一旦は話を聞くこと」「一度受け入れてみること」を常に心がけてはいます。 
 
 
 
サボった分、コメントを読みながらせっせと書いてみました。
ご参考になったでしょうか。ちょっと自信がありませんね。
ご批判があるかとは思いますが、また、みんなで考えましょう。  
 
 

茨の道 その18

2010/12/18 Sat

前にお話していた相場信条の話をしようと思います。
「貴重な見解」かどうかはわかりませんが、皆さんの脳を揺すぶるような発想を私は書くことに喜びを感じますので(笑)
世間でありきたりの「損切りをしろ」だとか、「リスク管理が大切」だとかは、耳にタコができるほど読んでおられると思いますし、ここで書いても、ありきたりですから、面白くもないですよね。(と無理矢理に同意を求める)
 
みなさんが、びっくりして椅子から転げ落ちるようなこととか、怒りの鉄拳で拳を振り上げることとか、そういう発想を日々探しているのが、このブログです(笑)
 
今回も例によって例の如く(笑)上手く考えがまとまってはいません。
ですから、また一部の組織からテロ攻撃に合う可能性が高いので公開するの控えるべきだとの穏健派の意見?もあったのですが、テロを恐れていては相場道に反する、という思いと、すでにアフガン化してしまっているコメント欄なので、さらに火に油を注いでみて様子を見ることにしました(笑)
 
 
さて、前置きはこの程度にしておいて、そもそも、
 
「どうすれば相場で勝つことができるようになるのか」
 
という考え方には幾つかの種類(会派と呼びます)があることに前から気がついていたので、それをカテゴリ分けできないか、と考えたのがこの発端です。
 
そもそも、それぞれの会派では、自分が思っていることのみが正しい、と考えています。
 
自分の信じていることだけが正しい
 
とそれぞれがそう思い込んでいるのです。
私とてそういう傾向があります。
 
これは、まるで宗教論争であり、政治信条のようであり、それぞれがそう思い込んでいることなので、なかなか議論の余地はありません。
 
それぞれが、「これが相場で儲ける根本である」と信じて疑わないものがそれぞれあるのです。それを相場信条と名づけてみました。
 
当ブログでも当て屋、という話がしばしば出てきて、当て屋の皆さんには不愉快な思いをさせてしまっていることと思います。
 
その当て屋のみなさんは、こう思われていることでしょう。
 
じゃあ、当て屋以外にどういう種類があるって言うんじゃい、出してみろ、オラオラ!!
 
こちとら好きで当て屋やってんじゃねえ、当てる以外に思いつかないから当て屋やっとるんじゃい!!
 
という怒りの声なき声も聞こえてきます。
 
他の会派のことを書かないで、当て屋の話ばかりしていては、一方だけを攻めるような話にもなりますから、今回は無理を承知で、私なりの分類を作ってみました。
これは、私の独断と偏見によるものです。
もっと他に種類があることはわかっているのですが、なかなか文章で表現しきれませんでした。
 
このトレードにおける基本となる考え方については、意外とみんな意識はしていないものですが、とても重要な違いがそこにあり、この違いを探ることで、トレードということの本質が見えるのではないかと思います。
 
また、他流で議論してもすれ違いが出るのは、根本となる考え方、信条が違うからなのです。
 
自分が信じている考え方を整理してみるとともに、他流の人たちが何を信じているのかを知ることも、非常にいい勉強になると思います。
 
そして、なにより大切な事は、
 
何が機能するかを知るまえに、何が機能しないのかを知ること
 
ではないでしょうか。
 
人は、ともすると、機能することは何か、ばかりを追い求めます。しかし、何が機能しないのか、を知ることによって、何が機能するかを知ることになる、ということは言えないでしょうか。
 
経験値とは、この何が機能しないのか、を潰す旅だとも言えます。

 
さて、色々と考えてみたのですが、いいネーミングではないかもしれませんが、次の4分類が最大会派の4大巨塔だと思います。
 
①当て屋
②手法屋
③統計屋
④分割屋
 
ここで、手法屋は、当て屋の派閥ですが、あえて分類しました。
とりあえず、今回は巨大会派の特徴をどの会派が良い悪いの論評を避けて、できるだけ客観的に書いてみます。
 
 
 
 
①当て屋
 
相場は、予測して取るものだ、と考えている一派である。
 
別名予想屋とも言う。
 
命名は林輝太郎先生である。
 
初心者の全ては一旦この会派に所属することになる。
昔は、証券マンという売り子のアドバイスを聞いて売買する、という当て屋がメジャーだったが、ネット時代にはほとんど淘汰された模様で、今メジャーなのは、この中でも手法屋と呼ぶ人たちの存在であろう。
 
彼らは、情報、テクニカル、ファンダメンタル、など、全ての相場情報を、相場を予測するために存在する、と考えている。全ての道は予測に通ず、である。
 
つまり、
 
相場で儲けること = 相場の予測が当たったからだ
 
という強い哲学を持っている。
 
次にどうなるのかを読むこと
 
相場を正しく予測さえできれば、相場に勝てる
 
と固く信じ、その目的のために、材料、分析が存在する、と考えている。
 
彼らは、相場を当てることを目標にしているが、「相場が実際に当てられるかどうか」という疑問を持ったことはない人たちも多い。
相場を当てることを目指すのは、当然のことである、という信条に疑問をもたない。
これは、予測が偶然に当たったのか、それとも必然的に当たったのか、の区別が非常につきづらいことからきている。
単発でのトレードは、ほぼ偶然に過ぎないのではないか、との疑問はこの会派にはない。
 
特徴は、エントリーに異常な執着を持ち、上か下かを当てることに執念を持つ。従って、売買戦略、売買手法への執念に近いこだわりがある。
証券会社の提供するレポートなども全てこの会派のためのツールである。
投資家の95%が所属する最大会派である。
 
彼らは、数が多いだけに、その中でも幾つかのグループを擁す。
当てるためのノウハウとして、「情報重視グループ」「手法万能論グループ」などである。
最初は、情報重視からスタートして、最後は、次に書く手法万能論にたどり着くのが普通のルートである。
 
当て屋には、相場歴30年、40年という大御所も多い。一生ここで終わる人がほとんどである。彼らの多くは相場を趣味として全うすることになる。
 
因果論、二元論的思考パターンを相場に当てはめようとするグループである。
 
 
 
 
②手法屋
 
相場を当てる手法さえ見つかれば勝つことができると考えている会派である。
 
別名、道具屋、手法マニア。
 
要するに、
 
「相場を当てるやり方(手法、方法)さえ見つかれば勝てる」
 
という強い信念を持っている。
 
手法万能論者である。
彼らのほとんどは、当て屋にも所属しており、その中でも予想を当てるための道具にこだわりがある会派である。
 
真剣に儲けようとがんばっている投資家の中での最大会派だと思われる。
 
彼らは、どこかに相場を当てる手法がある、と固く信じ、それを探し出しさえできれば、儲かるようになる、と思っているので、その手法探しに全力を上げる。
 
相場で儲けている人は、当たる手法を見つけ出した人なのだ、と強く信じている。
 
相場で儲けること = 当たる手法を見つけること
 
と固く信じ、その目的のために、日々ブログを徘徊し、本を読みあさり、商材を買い求める。執念でこれを探している人も多い。
 
手法という道具に強いこだわりを持つ一方で、道具を使いこなす腕には、ほとんど興味を持たない。
 
道具さえ揃えれば勝てると思っているからである。
これは、レシピ本さえ手に入れば、一流シェフになれる、と考えている料理人のようでもある。
 
相場で勝つこととは、手品の種明かしのようなものであって、種さえわかれば手品ができる、と強く信じている。
 
手法屋歴10年、20年というベテランも多く、彼らは部屋一杯になるほどの手法コレクションを持っていることもある。
そして、その多くはほとんど使われた跡がない。
 
映画やドラマの録画マニアは、映画は見ないが録画は絶対にやる。彼らは録画することが自己目的化しているようなところがあるが、それと似ている部分がある。
最終的には、手法マニアとして、道具集めコレクションを充実させることが自己目的化してしまうケースも多い。
 
 
 
 
②統計屋
 
相場で儲けるには、全て過去に検証ができた戦略を用いるべきだと考えている会派である。
別名システム屋とも言う。
 
相場で儲けること = 過去検証による優位性を見つけること
 
と固く信じ、過去検証万能論から、常に検証を繰り返し、そこからエッジを探すことに執念を燃やす。
 
某T氏が彼らのカリスマとなっているとも聞く。
 
当て屋を卒業した多くが一時この会派に所属するが、多くはカーブフィッティングの罠に嵌って死亡する。
 
今は検証するのに便利なツールが多く流布しているので、それを用いればいとも簡単に過去検証ができる時代だが、だからといって簡単にエッジが見つかることもない。
 
この会派で生き残っているものは極極少数にとどまる。
彼らのうち生き残っている者は、非常に苦労を重ねて検証を繰り返し、その苦労の末に自分だけのエッジを見つけ出した人ちがほとんどである。
一般に出回っている道具ではない特殊な道具を利用している人たちも多い。
すなわち、一般に思われているような単純なテクニカル、ではないマルチファクターな道具の愛用者が多い。
 
この会派の人たちの多くは、口が固く謎のベールに包まれているが、彼らのエッジが公になれば、そのエッジは一瞬にして消える運命にあるのだから、その隠密行動は当然といえば当然とも言える。
その生態はドラキュラのように謎に包まれている。
 
時折、エッジを暴露する不心得者がいるが、暴露されたエッジは陽炎の如く消えてしまって跡形も残らない。
暴露した本人はいいのだが、それで食っていた他の統計屋にとっては迷惑千万な話である。
統計屋にとっての手法の暴露とは、手品の種明かしを公開の場でやるようなものである。もうその手品では食っていけないことを意味している。
 
世間では、自分だけのエッジを見つけた統計屋は、売買執行において何等の裁量もないので、心理的ストレスがなく、一般投資家が求める理想のトレード境地のように思われている。
 
しかし、彼らの見つけたエッジは、環境変化によってある日突然に消えることも多い。また、自分でなくても同業者が暴露する危険を多く孕んでいる。
環境変化が激しい近代の相場環境では、非常に脆い側面を有している。
 
環境変化に耐えられずに、ひっそりと消えて行く統計屋が大勢いることはあまり知られてはいない。
もともとその生態はひっそりとしたものであるので、ひっそりと去っても世間はわからない。
 
そういうことを彼らも自覚しているので、自分のシステムのエッジがいつ消えてもおかしくないという恐怖と日々戦うことになる。
そういうことから、彼らは、1つの戦略に胡座をかくことなく、常に日々次の戦略を求めて検証を続けねばならない。
ある意味検証蟻地獄の世界でもある。
 
手法屋と統計屋がどう違うのだ、というと、エッジを追いかけているという点においては実は大きな違いがない。
違いは、まず、他力本願な手法屋に対して、自力で検証する力を持った人が統計屋と言える。
次に、当てる方法を探しているのが手法屋であるのに対して、エントリーからエグジットの方法、リスク管理にまでこだわっているのが統計屋ということになる。
換言すれば、「入り口」「当て方」へのこだわりが当て屋、「入り口から出口、資金管理」までのトータルパッケージへのこだわりが統計屋、ということになる。
 
最大の違いは、当たることにこだわる当て屋に対して、期待値にこだわる統計屋、ということだろう。
当て屋が目先のトレードの当たり外れに一喜一憂するのに対して、統計屋は、確率思考でトータルにこだわっている
ミクロにこだわる当て屋とマクロにこだわる統計屋、という違いである。
 
 
5000文字制限のため、次回いよいよ論争の「分割屋」へ続く。 
 

茨の道 その19

2010/12/19 Sun

東証から、個別株デイトレーダー、特にスキャルパーにとってビッグなクリスマスプレゼントが届けられました。
 
信用取引、同じ担保で複数売買 東証などが規制緩和!!
 
そもそも株の信用取引においては、証拠金倍率(株では保証金倍率)がFXの50倍に対して、たったの3.3倍しかないんです。
これは、為替の変動率に比較して株の変動率が桁違いに大きいので仕方がないことなんですが、もう一つ非常に大きなネックになっていたのが、一度使った担保は当日二度と使えない、というアホみたいな規制があったんです。
これは、昔「日計り」ということが特殊な時代に作られた法律によってしばられていました。
ですから、株のデイトレーダーは、常に「枠」を気にしてトレードせざるを得ませんでした。
今建玉が無くても、もう枠を使ってしまって売買できない、ということが日常だったのです。
今回の緩和でそれがやっとFX並になるわけで、これは嬉しい悲鳴です。
私が東証のパブリックコメントなどに何度もリクエストしていたことも0.1%ぐらい意味があったのかもしれません(笑)
 
これは、証券優遇税制が2年間延長というプレゼントと同じか、それ以上に嬉しいプレゼントでした。
 
まあ、欧米並になった、というだけなんですけどね(笑)
 
 
 
 
さて、前回の続きです。
いよいよ迫真の分割屋・・・怖っ!!
コワモテのオッサンらに取り囲まれたら市民の皆さんどうか知らんぷりしないでお助けを!!
 
 
④分割屋
 
建玉操作によって、ポジションを有利に導き、それによって利益を得ようとする会派である。
 
別名林一門とも言う。
 
彼らの多くが、初心者の多感な時期を「林本」で育ったため、彼らの思考の前提には、常に林流考え方が存在している。
三つ子の魂百まで、である。
 
林先生アンチも多いが、それは「乗せ」か「ナンピンか」という違いではあっても、アンチとて建玉操作というものへのこだわりが強いので、アンチも含めて一門を形成している。
これは、ジャイアンツファンと、アンチジャイアンツのようなものである。そもそも野球に興味が無ければ、アンチとて存在しない。アンチとて野球ファンには変わりはない。
 
「建玉操作」とか「分割」という言葉が出れば、それは「分割屋」の証である。
 
大先生の親派とアンチとは、常にバトル状態にあるが、双方同じ「分割売買という土俵」からは決して出ようとはしない。
 
相場で儲けること = 分割売買をすること
 
当てもの以外の売買 = 分割売買をすること
 
という方程式がこの会派には成立している。
 
 
この会派では、多くが分割万能論を持っているので、建玉の操作こそが利益の源泉である、と強く信じて疑わない。彼らの多くは、分割しなければ、それは当て屋だ、という二元論を有している者も多い。林理論に完全に染まっている。
 
その結果、「分割だけが正しい相場の道なのだ」という独善的な考えを持つに至る分割屋も多い。
 
それとともに、理屈っぽい人が多いのもこの会派の特徴なこともあって、あちこちのブログに出没しては、独善的な自説を誇示する人が後を絶たない。
ブログの他のお客さんから迷惑がられていることもしばしばだという。
 
「分割」「ナンピン」「乗せ」「ツナギ」「試し」「本玉」という用語に強く反応するのが彼らなので、彼らをあぶり出すのに苦労は無い。
また「FAI」という用語にも強い反応を示す。一般市民が聞いたら何のことかわからないだろう。
 
彼らの中では、ナンピンについて、肯定派とアンチとで、常に内部抗争が続いており、その決着は未だについていない。
従って、ジオンと連邦軍の戦いのように、ア・バオアクーからサイド7とあちこちのブログのコメント欄でバトルを繰り返し、迷惑がられたりしている。
 
極右テロ化した一部の分割屋は、暴徒化し、手当たり次第自分以外を攻撃するという無差別テロ攻撃も辞さないという。
内部抗争は、一般市民には、関係ないものなので、迷惑な話でもある。
 
ご自分の城(ブログ)で主義主張をされればいいのに、という一般市民の迷惑顔も気にせずに、あちこちのブログで市街戦を繰り広げている。
これは、一般市街地で爆音を鳴らして自己主張している暴走族のようでもある。
これでは、一般市民が怖くて夜道を歩けない。
彼らにとりつかれ戦場と化したブログや掲示板が廃墟になった事例も多いという。
イナゴの大群にやられた農作物のようなものである。
ご本人は、啓蒙活動のつもりかもしれないが、一般市民からしたら単なる自説の押し付けであったりするのである。
そんなに儲かるのならご自分で売買していればいいだけなのに、という市民の目は気にしない。
 
一方で、コツコツと乗せやナンピンなどの分割で利益を積み上げ、プロとなっている人も多い会派なだけに、テロリストの存在はこの会派の評判を落とすだけだと思われる。
 
 
そもそもは、林輝太郎先生の著作に啓発されて、当て屋を卒業した人が所属する会派であるが、その数は、当て屋以外では、統計屋と2大派閥を擁していると思われる。
 
林輝太郎先生の他に、立花義正氏、板垣浩氏などを師匠とする。
特に立花氏への敬愛を抱いている分割屋は多い。
 
彼らの道具は、場帳、折れ線グラフ、月足チャート、などをベースにする。基本は手書きだとされている。
月足チャートを手書きする、というフレーズがその口から漏れれば、林派の踏み絵にヒットした、とみなすことができる。
 
日々の場帳をベースにし、日足の折れ線グラフ、月足ローソク足を道具とする。週足は絶対に見てはいけないとされている。
また、寄付き成り行きにこだわる人も多い。
デイトレードは絶対に儲からない、と未だに豪語する古代人も多い。
本来は、自分にわからないことを否定する必用など無いのである。
 
彼らが特に重視するのが、変動感覚、というもので、これは多くの場帳を書くことによって醸成されるものであると林先生は説く。
だが、多くの者が場帳を書いても、月足を書いても、変動感覚なるものを身につけられないで去っていく(私もその一人である)。
 
当て屋を諦めた人の多くがその理論や合理性に引かれて入門するが、その多くがナンピンの持つ魔力に引き込まれて死亡することでも知られている。
ナンピンに罪はないが、そもそもナンピンという技法が「心に優しく、リスク管理が難しい」という危険な特性を持っていることから、その信者の多くが次々と相場のブラックホールに吸い込まれるという悲しい事態を招く。
 
ここでも生き残れる者はそう多くはない。
相場とは厳しいものである。
同じ本、同じやり方、同じ手法、同じ信条、でやっていても、一部はプロとなり、一部はテロリストとなる。そして、ここでも大多数は儲からないで終わる。
 
ここでも少数の勝ち組と大多数の負け組という構図が繰り返されている。
 
これは、「手法さえ同じなら答えも同じだ」という理解をしている手法屋さんにこそ見てほしい現実なのである。
 
 
 

 
以上、メジャー会派について書いてみました。
 
当然に、それぞれの会派に所属しているメンバーさんにしてみれば、怒り心頭の部分もあるでしょう(笑)
 
言い足りないところも多々あると思います。
 
しかし、メジャー会派の生態を知ることは、それぞれが信じて疑わないことを振り返ってみることにもなるので、とても大切なことだと私は考えています。
 
特に、自分の信じていることは、普段は当たり前だと思い込んでいるので意識すらしないことですから、自分が何を信じているのかを客観視することは非常に大切なことだと思うのです。
 
当たり前というのは、空気のようなものです。あって当たり前。当然のことだと信じていることです。
日本では、日本語が通じる、というぐらい当然だ、とそれぞれの会派の人はそれぞれ自分たちの信条を無意識に信じている、ということです。
 
しかし、こうやって比較されると、
 
もしかして、自分の会派で当然と信じられていること、絶対だと思って意識もしなかったことが、実は違っている可能性があるのではないか
 
こういう他の信条を持っている人たちもいるのか、もしかしたら自分と違っても儲けている人がいるのかもしれない
 
そう考える機会になればいいと思っています。特に手法屋のみなさんは考え方を理解する機会として、
 
相場で勝つためには、手法ではなく、考え方をそのものを変えないといけないのではないか
 
と感じられればいいのかもしれません。
 
 

 
 
さて、ここまで書いて、ハッとしました。次の質問に対する答えです。
 
あらなみ、お前は何屋なんだ!!
 
実は、私は、もともと全ての会派に所属していた経歴を持つ者です(笑)
 
手法コレクションもかなりのものです。本も多数持っています。
 
高価な検証ソフトは、もちろん持っていますし、統計をどれだけ取りまくったことか、もう時間がわからないぐらい検証地獄を経験しています。
オシレーターの知識も誰にも負けないぐらいあります。
 
立花さんの本もボロボロになるまで読んでいますし、研究部会報も10年以上購読していたので、立派な○○屋とも言えます。内部事情にも通じています。ただ、暴徒化だけはしていませんが(笑)
 
 
元々私は、例に漏れず「当て屋」からスタートし、すぐに「手法屋」に昇格しました。
そこで上手く行かずに次に「分割屋」に引越ししました。
分割屋人生は、昭和のバブル期には上手く行ったものですが、平成に入ってダメになりました。
そこで、統計屋となって、PCを駆使して統計に励みました。
しかし、それもダメだったのです。
 
つまり、私は、全てのメジャー会派に一旦は所属するも、全て負け犬となって、駆逐された小市民なんです。
 
良いように言えば自分に合っていなかった、と言えますが、実は、何もかもが中途半端なことばかりしてきたのかもしれません。
 
今回の分類は、その「負け犬の遠吠え」なのだと言うこともできます。
それぞれの会派で立派に成功されている方から見れば、間違いなくそうだ、と言えるでしょう。
 
負け犬が何を偉そうに遠吠えしとるんじゃい!!
 
と言われても仕方がありません。
負け犬から、暴走族扱いされても、悔しくないですよね。相手は所詮は負け犬なんですから、笑って許してください。
 
いくら相場の当て方を研究しても、当たる手法を探しても見つけられなかった負け犬です。
 
場帳、月足を一生懸命つけましたが、何も変動感覚がわからなかった負け犬です。
(昭和の高度成長期には、わかったような気がしていましたが、平成に入ってわからなくなりました(笑))
 
そして、頑張って統計、検証に何年も時間を費やしましたが、駄目だった負け犬です。
 
ただ、そうは言っても、それぞれの会派でも成功者は非常に少ない、ということだけは事実なんです。
 
だから信条を問うのです。
 
あなたの信じていることは、本当にそれでいいんですか
 
と。
 
そこで何年も頑張ってダメなら、他の会派に引っ越すことを躊躇する必用など無いんではないでしょうか
 
と。
 
つまり、
 
考え方を変えてみてはどうでしょう
 
ということです。
 
 
過去には、手法屋でもあり、統計屋でもあり、分割屋でもあった、しかして今その実態は如何に・・・次回こうご期待、と書きたいところなんですが、これがまた難しい。
人のことならいくらでも書ける(笑)
 
アンチ手法屋なのだろうか。ということは、手法屋の一派とみなされても仕方がないということか(笑)
 
やはり、1000本ノック屋(だせーネーミングだ)、とか、0.000000001%の一人会派なんだろうか、とか(笑)
 
分割は基本しないので、アンチ分割屋とも言える。何と彼らからは「当てもの」と蔑まれている単発売買を基本としているのだ。
 
ということで、次回、絶滅危惧種とも言われているような
 
マイナー会派
 
についても言及してみましょう。
 
(マイナー会派は、その生態がそもそも知られていないので、実態把握が難しい。従って必ず書くとお約束はできません。書けるかどうか定かではないからです。)
(と書きつつ、そもそもこのブログで書いていることの焼き直し程度なら書く必用もない。迷うところです(笑))
 
 

茨の道 その20

2010/12/25 Sat

相場には、多くの思惑を持った人たちが次々に入ってきては去る。
全員が、お金儲けをするべく戦いに参戦する。
あらゆる思惑が激突するのが相場だとも言える。
言わば、お金を使った現代の代理戦争でもある。
 
相場とは、現代の「闘技場」グラディエーターの世界でもある。
 
この闘技場のルールは、公平なようで、公平でもない。
 
投資銀行などの漁師が個人投資家という「じゃこ」を捕まえようとして、あちこちに網を仕掛けている。
そしてその網に吸い寄せられるようにじゃこたちは入っていく。
 
「じゃこ」たちはいつか漁師になれるのだろうか。
 
じゃこたちの考えていること、実はほとんど同じである。
だからじゃこは群れを作る。
結果、漁師はその群れの性質を利用しようとして、網を仕掛ける。
 
じゃこを狙っているのは、漁師だけではない。
弱肉強食の海の世界では、多くの捕食生物がいる。
シャチなどの捕食生物も、弱いオットセイなどの性質を利用しているのである。
 
では、このじゃこは、絶えないのか。
 
次々に夢見る投資家の卵たちが孵化するので、問題ないのである。
食っても食っても、「自分だけはじゃこじゃないというじゃこ」が次々にマーケットという海で孵化してくる。
何と懐の深いことだろうか。
 
 
 
さて、マーケットという戦場と同時に、当ブログのコメ欄で繰り広げられている「最前線」もヒートアップしているようです。
私が火に油を注いだこととはあまり関係のない戦いが繰り広げられているのは、やや誤算(笑)
 
それにしても、人は戦いを好む。
 
まるで、
 
あなたを倒さねば、シャアが死ぬ!(ララァ)
 
と言わんばかりの応酬が続きますが、多分シャアは死なない(笑)
議論をして、心を入れ替えることが出来る人は、超大物、大人物だけ。庶民は、絶対に人の話など聞かない。
 
どこかに闘技場があればいいんでしょうが、そこが無いから、パワー溢れる若者たちがここに集まってきてしまうのかもしれません。
 
それにしても、若者たちは元気がいい。
悩んで苦しんで、そしてその中から何かを見つけるパワーがある。
 
当ブログには、ドレスコードは無いので、ノーネクタイ、短パンでも出入り自由である。
だからかもしれないが、どうもサングラスとパンチパーマのイカツイお兄さん方が出入りされておられる。
 
フレンチレストランのつもりが、気がついたら、コンビニになっていて、しかもその駐車場では、ヤンキーのお兄さん方がたむろしている。
だから、初心者の方が迷い込んだら、イチコロでカツアゲに合う状況にある。
 
ということで、初心者の皆さま、一部ファンの皆さまへのアドバイスです。
私へご意見、ご質問がある方は、内緒モードを活用して、密書をしたためていただけたらと思います。お返事は内緒なのでできませんが、ご自分のブログがあればできるだけそちらへ返しますし、記事にも反映するようにします。
 
こんなことを聞いてバカにされないだろうか、というご心配があるかと思いますが、私とて、初心者の頃があった。
いくら頑張っても頑張っても成果はまるで出なかった。苦い思いを繰り返しやった。
 
私はブログ書くときにいつもこの苦しかった頃を思い出しながら書いているんですが、それでも当時のことを全て思い出せるわけでもありません。
しかも、初心者の思い、疑問には、意外と相場の本質をつくものもあります。
 
簡単に返事ができずに、窮してしまうような質問も多々あります。しかし、それを考えることで、相場の理解も深まることになるのです。
ですから、初心者の方の素朴な疑問は大切にしたいと考えているのです。
 
 
 
 
ということで、前置きはホドホドにして、本題に突入しましょう。
 
ここで、注意点ですが、私がメジャー会派、マイナー会派、と書いてしまったものですから、メジャーはダメで、マイナーが答えだ、というような誤解を与えてしまっているきらいがあります。
ここでは、多様な考え方をする投資家がいるのだ、というあくまでも分類をしようとする試みだ、とご理解ください。
 
いつも、「答え」ばかりを欲しがっている人から見ると、「早く答えを言え!!」みたいな話になるのでしょうが、そもそも
 
相場に正解などあるのか
 
ということなんです。
 
だから、この会派が正解で、この会派が間違いだ、ということそのものが果たしてどうなのか、ということを言いたいのです。
 
自分の会派のことだけが正しくて、他は間違いである、と言ってはばからない人が多いですが、そもそも投資には、多様な方法論があることが正解ではないでしょうか。
 
それから、メジャーと言えば、圧倒的メジャーは、何と行っても「当て屋」の皆さんです。
ここで、95%は占めるのではないでしょうか。
基本的に、他の会派は、「マイナー会派」ということになりますので、これも確認まで。
 
 
 
 
さて、ここからは、超マイナー会派のご紹介です。
 
 
 
⑤アンチ屋
 
初心者の頃の失敗を反対にして利益を得ようとする一派である。
 
彼らが大義として掲げているものから、別名「自己規律屋」とも言う。
 
当然、経験がモノを言うので、メンバーには熟練者が多い。
また、異例だが成功者が何らかの形で所属している会派である。
 
このメンバー資格は、何度かの大損失の経験である。
これで、懲りてはじめてメンバー資格を得ることができる。
 
他の会派に所属しているように見えて、実は、アンチ屋である人物は多い。
 
彼らの中には、初心者の頃に、「何をやっても損ばかり」「ぼろ負け続き」「相場が本当に下手」というメンバーが多いという。
 
初心者であればあるほど「自分だけはじゃこじゃない」と思う「どストレートのじゃこ」なのだが、「自分だけは特別だという普通の人」はこれに気がつかずに一生をじゃこで終わる。
 
その結果、オケラ街道を爆進することになる。
 
ここで、極一部の人は、何度もの絶望の縁に立って、あることに気がつく。
 
俺はじゃこだ!!
 
だから、
 
俺の逆をやれば儲かるじゃねえか!!
 
大発見である。
 
じゃこの経験豊富な彼らが見つけたのは、「じゃこの性質」「じゃこの生態系」なのである。
 
何故儲からないのかを理解することは、何故儲かるのかを理解することと実は表裏一体なのだ
 
と彼らは言う。
 
この秘訣に気がついた者が、アンチ屋となる。
 
相場を当てものと見ていたが、どうやら当てることは自分には無理だと悟る。諦める。
では、無理ならどうすればいいのかを考えることとなる。
 
 
元々この会派は、出身が全員当て屋でありじゃこである。
大衆投資家として、何の投資のセンスも無く、負け続けの幼少期を過ごす。
その結果、相場を当てよう、当てようと必死になって、そして自爆した経験を何度も繰り返す。
 
この会派の人たちが偉いのは、「己を知ること」ができたこと。
じゃこを食おうとして相場に参戦したのに、よく鏡を見ると、「己がじゃこだった!!」と気がついた人たちである。
これは、相場から「己はじゃこじゃ!!」と繰り返し傷めつけられたからこそ気がついたのであって、優しい上級者、熟練者からのアドバイスは基本無視である。
言葉で気がつけるぐらいなら、人は苦労しない。
その人は大人物だから別格であろう。
ここに所属するアンチ屋は、数ある自爆経験から、じゃこの生態系をやっと理解した人たち、なのである。
人は、殴られないとわからない、ものだ、とアンチ屋は言う。
だから、彼らは口数少ない。
言っても無駄だからである。 

一方で、多くの投資家は「反省」という言葉を知らない。
同じ間違いを繰り返し繰り返し永遠に続けている。
殴られても殴られても同じことを繰り返す。
それに比べれば、殴られてやっと理解したとは言え、アンチ屋は優秀だと言えるのかもしれない。
 
 
では、彼らの言うじゃこの生態系とはどういうものか。
 
一例として言うのは次のようなものである。
 
飛びつきモグラたたき
 
値ごろナイアガラ
 
ナンピンスカンピン
 
チキンレース絶壁飛び降り
 
そして、何よりもじゃこの基本生態とも言うべき性質は、
 
コツコツドカン
 
である。
 
これら生態系を有し、群れをなして回遊しているのがじゃこなのだ

この生態系はじゃこの本能に由来するものなので、永遠に変わらないものなのだ
 
心のままにトレードすれば、じゃこの本能として、これを自然とやってしまうことになるのだ
 
とアンチ屋は言う。
 
そして、これらは自分でやってみで、一度悲惨な目に合わないとわからないものなのだ、という。
 
 
アンチ屋の売買は概して辛い。心に優しくない。
 
当て屋の売買は、心に優しいエントリー、つまりは「やりやすいところでの売買」なのだから、その反対となると「辛い売買」となる。
 
安いところで買いたい、高いところで売りたい
 
儲かったら早く利食いしたい、損したらいつか戻るだろう
 
と思うのは、人の心を持つ者なら当然のことなのだ、という。
 
だからこそ、アンチ屋の売買は、普通ではできない。人としての本性に外れる売買だからである。
 
元々は、じゃこ出身者であるアンチ屋は、「自分がじゃこである」ということを熟知している。
だから、「じゃこである自分の心に優しい売買をすれば確実に漁師に捕獲される」ということを知っている。
 
アンチ屋は「じゃこである辛酸を散々になめつくしたからこそ、辛い売買ができるようになるのだ」と言う。
 
利益になれば「早く利食いたい」、損になれば「いつか戻るだろう」と思うのは、人として当然だと、彼らは言う。
しかし、その心の声に従っていれば、じゃこを離れることなど決してできないのだ、と言う。
 
また、心に従えば死あるのみ、と理解している彼らは、常に「ルールに従うこと」を金科玉条としている。
 
自己規律 discipline
 
というのが、利益の源泉である、ということを身を持って理解しているのである。
 
心に優しいがやってはいけないこと
 
辛いがやらねばならないこと
 
これを自己規律でコントロールすることが、アンチ屋にとってのエッジなる。
当然、やってはいけないこと、やらねばならないこと、をルール化するには、経験による学習が必用なのは、言うまでもない。
特に、「何をすれば負けるのか」を知っていることは、アンチ屋にとって大きなエッジとなる。
 
 
アンチ屋の大御所は、ジェシー・リバモアだと言われている。
 
すべきではないことを学ぶには、持てるもの一切合切を失うというのが一番だ。
金を失わないためには何をすべきではないかがわかった時、相場で勝つのに何をすべきかということがようやくわかり始めるのだ。
(ジェシー・リバモア)
 
と説く投機家リバモアを敬愛するアンチ屋は多いという。
(アンチ屋のバイブル-リバモア本をこちらで紹介しています。よろしければどうぞ。) 
http://mauitrain.blog111.fc2.com/
 
アンチ屋は、いいことばかりじゃねえか
 
と言われるかもしれないが、そもそもアンチ屋になれる人は極々少数に留まる。
 
何故なら、
 
その売買が辛すぎるから、わかっていてもできない
 
からである。
 
わかっちゃいるけどやめられない、という人は多い。
去年コツコツドカンの人は、今年もコツコツドカンであろうし、来年もコツコツドカンであろう。
 
これを永遠に繰り返すのみ。
相場を当てることに精一杯で、自らを省みることはない。
 
投資家とは、反省を忘れた人種である
 
 
多くの人が知っていてもできないことを我々はやっているだけだ
 
彼らは自己規律を本当には理解していないのだ
 
とアンチ屋は言う。
 
(念のため・・・アンチ屋が言うのであって、これが正解といっているのではありません。しつこいようですが。)

(念のため・・・心に辛い=儲かる、ではありません。) 
 
 
今回は、一派だけのご紹介となりましたが、超マイナー会派はまだあります。次回ご期待を。
 
FC2カウンター
プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter:
@aranami718

旧ブログ:

あらなみの相場技術研究所

あらなみのトレード水先案内人

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。