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腕を上げることを目標にしたい

2008/10/02 Thu

ばんさん、といういつもコメントをいただいている方のブログに、とても大切なことが、自分の言葉で書かれているのを見かけました。
http://blogs.yahoo.co.jp/b_a_n_1000/25804522.html
自分の言葉で書いておられるということは、すなわち「知識として知っている」、というのではなく、「知恵として消化されている、腕として身についている」ということの証だと思います。

実は、この違いは、とてつもなく大きいことなのです。
よく、相場の話をすると、
「それは、知っている、わかっている」ということを言う人が多いですが、その人のやっていることを見ると「この人は、本当には理解していない、知識として知っているだけだ」と思うことが良くあります。

知っているだけで、全く実践はされていないし、いざとなったその人の投資行動のどこにもその知識が生かされてはいないのです。

今の時代、投資で大切なことなど、ちょっとパンの本でも読めば、全て手に入ります。しかし、本を読んで、知ったからといって、人は、それを生かすことなどほとんどできないものです。

知っている知識を生かすためには、そういう基本を実際の投資行動として日々実践すべく、意識して自分に刷り込んでいくしかありません。実践によって、知識から腕へと刷り込みするわけです。これが、腕を上げる、という職人にとって、大切な修行となります。

しかし、多くの人は、この苦しい修行期間を嫌います。修行などせずにすぐに結果(利益)を求めます。また、相場は、金さえあれば、偶然でも儲けることができますから、間違って儲けたことを実力と勘違いしやすいものだと思うのです。

また、せっかく「損」という貴重な経験をしているにもかかわらず、繰り返し繰り返し同じ失敗をあきもせずにやるのも、結果だけを追いかけて、本能のままに投資するからだと思います。
一度やった損のパターンを分析し、二度と繰り返さない、というだけで、その人の投資行動がどれだけ進歩するかわからないぐらいに変化するにもかかわらず、です。

損の40%は、過去の繰り返しのパターンだということが、ある本に書かれていましたが、私も激しく同意します。逆説的には、過去の損のパターンを繰り返さないようにすれば、40%損が減る、ということなのです。


さて、自分に刷り込むためには、自分の気持ちに忠実に動くのではなく、セオリーから考えると、どのように行動すべきか、という観点から売買を実践することが大切だと思います。そうでないと、自分の気持ちというのは、既にもう「一般大衆、ワニに食われる運命のトムソンガゼル」だからです。

NYが暴落したら慌てて売り、NYが上がったら慌てて買い、という投資行動は、恐怖と欲望という本能のままに行動する大衆、まさしくトムソンガゼルそのものです。


「損切りは早く」など、誰でも知っていることです。しかし、実践できる人は、稀です。
実践できる人は、それだけでトントンレベルよりも上に位置する人でしょう。この時点で既に10人に一人の存在となれます。

損切りの話をある人にしたときに「そんなことを言っても、損が出てきたときに切るのは、難しいんだ、損が大きくなってきたら、もう塩漬けするしかないんだ」と、逆切れされました。
逆切れするのは、いいのですが、損切りをしない、ということを自分で正当化して、そこからどうやってこれから儲けられるように自分を変えていくのだろうか、と私は思いました。

人は、自分を正当化したいものだと思います。
権力さえあれば、間違った主張でも、一般社会では正当化されたりします。

しかし、一般社会ではそれは通じても、相場においては、誤った投資行動は、損失という冷徹な判断をもって、否定されるのです。

人の責任、社会の責任にしておけば、気持ちは楽ですが、自分の責任をどこかで認めないと、前へは、進まず、将来、同じ行動パターンを繰り返すことにはならないでしょうか。

実際には、損失、というのは、全て自分の誤った投資行動の結果もたらされるものです。ここを認めなくては、一歩たりとも前へは進まない、と思います。

損しているのは、損している理由があります。原因があるから、結果があるのです。
そして、その原因は、自民党でも、サブプライムでもありません。全て、自分の取った投資行動に問題があるからなのです。
たまたま損した、運が悪かった、ということで片付けていては、将来には結びつきません。

先日、中国株の暴落で損失を被った中国の投資家が大勢テレビに出ていました。
「政府が悪い、おれをこんな目にあわせやがって。資金を全てつぎ込んでいるんだ、どうしてくれるんだ。」
異口同音、声高に叫んでいました。
これを見て、どう思われますでしょうか。彼らの主張は、正しいのでしょうか。振り返って、自分はどうなのでしょうか。
私は、こういう投資家が大勢いるということは、この国はまだまだ投資における後進国だ、と思いました。

そういえば、アメリカではこうい主張もあるようですね。
「俺が太ったのは、マクドナルドが美味しいハンバーガーを売っていたからだ」
「俺が肺ガンになったのは、タバコを売ったタバコメーカーに責任がある」


さて、このばんさんの記事を読んで改めて私自身心がけないといけいないと思ったことです。

勝った負けたの結果ではなく、そこへたどり着いたプロセスを大切にすること。

負けた理由がはっきりすれば、その逆は勝つ理由になる、ということ。

日々のトレードで一歩一歩前進さえしていれば、腕さえちょっとずつ上がってさえいれば、(利益という)結果は自ずとついてくるということ。
換言すれば、「目的は儲けることであっても、日々の目標とすべきは、腕を磨くこととしたい」

相場は、決して結果オーライではない、必ず原因があって結果がある、そのプロセスこそ大切にしたい。
なぜなら、そのトレードは、将来に渡ってこれからやる1000回のトレードのたった1回目に過ぎないのだから。

色々と考えさせられた記事を書いていただいたばんさん、ありがとうございます!!

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トレードのランダム性とエッジの概念

2008/10/03 Fri

ばんさんブログ連動企画第二弾です(笑)
先ずは、ばんさんの記事をご覧ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/b_a_n_1000/25821231.html

以下、ばんさん、記事を読ませていただいた私の感想です。コメントに書こうとして、例によって、500字をまたまた超えてしまいましたので、自分の記事としました。今回もばんさんにヒントをいただきました。ありがとうございます。

まず「勝つのも負けるのも同じ理由」については、私の昨日の解釈は、勝手解釈のようでした(笑)
勝手解釈でも、考察を深めることができたので、自分では良かったと思いますが・・

さて、ばんさんの今回の記事にあるように、他力本願で売買するのは、論外として、自分でコントロールできる売買について、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。

実は、同じ理由で売買したとしても、勝つときもあれば負けるときもある・・この一見すると当たり前の事実を、投資家は、受け入れることが結構困難だ、というのが今回のお話です。

1回1回の売買の結果は、意外かもしれませんが、ランダムなのです。では、どうやって勝つのか、ということになるわけですが・・

このトレードのランダム性という考え方はトレードを実践していくにあたって、非常に重要な概念だと私は思っています。この概念は「ゾーン」という本で紹介されていますが、これ以外では、あまり見かけることがありません。
ここを理解することによって、損切りやエッジの概念もスムーズに理解できますから、本当に重要な概念です。

一回一回の売買においては、プロが売買しても、大衆が売買しても、たまたま買ったこの株が上がるがどうか、その結果は、神のみぞ知る、ということになるのです。

何故なら、株を買ったすぐ後に、その会社が減益発表するかもしれません。いきなり首相が辞めるかもしれません。株を買った晩にNYが暴落、というのも日常茶飯事です。
これらのニュースを予見することなど、プロであっても神ではありませんから、できようはずがありません。つまり、個々のトレード結果については、ランダム性がある、ということ、まずここを受け入れる必要があるのです。

幾ら勝てる戦略を使っているからといって、たまたま今回は、大きな売りが入って失敗する、ということは起こって当然であって、その可能性を誰も予見などできないのです。

では、ランダムなトレードでどうやって利益を上げればいいというんだ、ということになるでしょうが、私の言っているのは、目の前の1回1回のトレードで、ということですので、ここを覚えておいて、先を読んでみてください。

さて、自分は、トレードがランダムなことなど知っている、そう思っている人も多いでしょう。

しかし、次の例を読んで、その後、もう一度自分を振り返ってみて、本当にトレードのランダム性を受け入れているのか、もう一度考えてみてください。

パチンコ・・・玉がチューリップに入るかどうか、一発一発予想しながら打つ人などいないでしょう。何発かを打つ中で、たまに一発が入る、というのを狙うわけです。
たまたま打った一発の玉が下に落ちたからといって、傷つく人などいないのは、それがランダムだと信じているからです。

コイン投げ・・・裏か表か、これは50%で、どちらが出るか、ランダムだ、というのは、誰でも納得するところでしょう。表を予想して、裏が出ても、敗北感に打ちひしがれることがないのは、ランダムな結果を信じているからです。

しかし、振り返って、トレードにおいては、どうでしょう。

ランダムな結果を本当に受け入られている人がどれだけいるのでしょうか。

パチンコで言えば、下に落ちたにもかかわらず(株の下落)、その玉にこだわって、「いつか上に上がってきて上のポケットに入るはずだ」と思って引きずる人が後を絶ちません。

何故、次の球(次のトレード)を入れればいいんだ、と思えないのか、というと、トレードのランダム性を受け入れてはいないからです。

コイン投げでは、裏が出た(株が下がった)時点で、もう勝負はついているのですが、「もっと金を出すから、何とか表にしてくれ」とごねる(塩漬け)投資家が大勢います。

次のコイン投げ(次のトレード)で、新たに勝負すればいいことだけなのに、何故それをしようとしないのか。
それは、「ランダムな結果」を全く受け入れようとはしないからなのです。

今回の勝負は、たまたま負けになった、だから、きっぱりと損切りして、次の勝負に挑もう、という人は、少数派になります。つまり、トレードのランダム性を信じている人は、少数だということです。

このように、現実には、トレードでこのランダム性を受け入れる、ことは結構心理的にしんどいものなのです。

エントリーにおいては、自分の信じる戦略に基づいていたとしても、目の前のトレードで、勝てるのかどうか、どうしても考えてしまいます。
もしかしたら、今回は、失敗するかもしれない、ちょっと怪しい、など、否定的な理由には、こと欠きません。

心理的抵抗が大きいブレイクアウトだとか、急落時の逆張りなど、特にそうでしょう。何か理由をつけて回避したくなる心理が働きます。今回の下げは特別だ、100年に1回だ、などなど。

ランダム性を信じないと、エントリーでの数々の障害が発生して、決断を大きく鈍らせます。

当然、エクジットにおいても問題が発生します。

上がると思って買った株が、大きく下落した、ということは、既に勝負は決しているわけです。ランダム性を理解している投資家は、すんなりと損切りして、次の勝負となるわけですが、一方で、1回1回の勝負に勝たねばならないと思っている投資家にとって、選択手段は、塩漬けしかありません。
この勝負の仕方は、まるでパチンコで、全ての玉を上のポケットに入れないといけない、そう思い込んでいる人と同じです。

利食いも、この勝負で勝たねば、必勝だ、そう思っていると、ちょっと利益が出ると、すぐに淡白に利食いをしてしまいます。本来は、トレンドに乗れれば、できるだけ引っ張るというセオリーがあったとしても、この勝負に勝たねばならない、そう思えば思うほど、利食いが淡白になってしまいます。

このように、トレードにおいて、ランダム性を受け入れない不利さは、致命傷になるほどのことだと、私は思っているのです。


では、そのランダムなトレードでどうやって勝つのか、ということになるのですが、先ほどから書いているように、個々のトレードにおいては、結果はランダムだ、と書きましたが、では、「個々でない」とはどういう意味なのか、それを以下に書いていきます。

実は、トレードというのは、単発モノではありません。継続的に売買を続けていくものです。
プロの売買というのは、「トレードとは、一連の売買でトータルとして利益を出すものだ」ということなのです。

1回1回については、ランダムであっても、トータルとしたら利益がでるようにトレードするのが、プロ的売買と言えるでしょう。

つまり、その理由で売買を続ければ、勝てるのか、最終的に統計的優位性があるのかどうか、つまりは、エッジがあるかどうか、これが重要になってきます。

自分の信じる戦略、というものが、エッジのある戦略であるならば、1回1回の売買結果は、実は、ランダムなのだから、気にすることはない、トータルでは勝てる戦略なのだから、と自分を信じて売買することが大切ということになります。

これは、理屈では理解できても、実際に目の前のトレードのこの1回となると、心理的には苦しいものだ、というのは、私自身がいつも感じているところです。
しかし、ここを克服しないと、チャンスに躊躇無く飛び込むことは難しいでしょう。

エッジ・・・ということを先ほどのコイン投げに例えると、コイン投げの確率は50%なのだけれど、表が出たときには、2円もらえる、裏が出たときには1円損する、というゲームだと表に賭け続ければ、最終的には勝てるゲーム、すなわちエッジのあるゲームということになります。
この場合、いちいち裏が出たからといって、その損失にこだわることなど全くないでしょう。

また、パチンコで言うと、10発のうち1発が上のポケットに入り、15発の玉が出てくる、というゲームだと、やり続ければ、このゲームも勝つことができます。しかし、10の玉を打って、9発は失敗に終るのです。

どちらの例も、ランダムではあるが、エッジのあるゲームです。

さて、トレードを振り返って、このような観点からトレードを見ることは、あるでしょうか。

以上の2例は、どちらも勝率は低いが期待値が大きいことによって、エッジが生まれる、というケースで、トレンドフォロー的な売買と言えるでしょう。

一方で、逆張り的な売買のエッジとはどういうものでしょうか。

ルーレットというカジノでは、客の張る数字が36+0+00、の38通りあり、当たったら36倍戻ってきます。的中率は、38分の1ですが、払い戻しは36しかありません。つまり、36分の38ほど親が有利、すなわち統計的に親にエッジがあるわけです。赤と黒についても同じです。

たまに客が勝って、36倍の儲けを手に入れますが、親であるカジノは、それをいちいち気にはしません。何故なら、統計的エッジは、崩れないので、いずれカジノが勝つように出来ていることを信じて疑わないからです。

カジノのディーラーは、次は客が当たるんじゃないか、とドキドキしてディールできない、などということは無いわけです。
つまり、個々のディールは、ランダムであるのだけれど、この勝負を繰り返したら、カジノが勝つ、ということをカジノは、強く信じて疑わないわけです。

逆張りのエッジというのは、このカジノのオーナーのように、高い勝率とたまに大きく負けることもあるけれど、それは、高い勝率で補えて、トータルでは、プラスの期待値がある勝負、という定義ができるでしょう。

余談ですが、逆張りの難しさは、リスクのコントロールにあります。ナンピンしかりです。カジノのオーナーのようにそこそこの資金を背景に、上手くリスクをコントロールしないと、破綻するのが、この手法です。たまたま、客が大勝することだってあるわけですから・・・

実は、この「カジノのオーナーのような心理状態」でトレードできれば、最高ということになるわけですが、私も日々カジノのオーナー気分でトレードするように心がけてはいるものの、やはり難しいところではあるとつくづく思う日々なのです。

上達のプロセスこそ秘訣 その19・・・値頃衆の季節

2008/10/08 Wed

225先物が1000円安、ついぞ見なかったものでした。

バブル崩壊のころですから、1989年まで遡らないと無かった光景です。
この1000円安というのを見ると、当時の自分がフラッシュバックしてきました。

前の記事に書いたように、当時、私は、値ごろで売った空売りでやられていたぐらいですから、ノーポジで暴落をむかえることができました。

1月から下げ始めて、4月に一旦戻ったものの、再び下落、そして、大きく下がった7月、満を持して、大量買い出動、したのです。
暴落を回避できて、得意満面でした。

買ったのは、当時あった円建て上場ワラントという超ハイリスク商品です。
忘れもしませんが、富士通のワラントを12円~14円で1000万円仕込みました。

これだけではなく、外貨建てキャノンのワラントなど、総額2000万円の投資でした。

ちょっとしたリバウンドでも、億に近い利益が出るものすごいポジションです。
今で言うと、コールの全力買い、という感じでした。

しかし、8月、フセインのイラク進行で、全ては終りました。毎日100万円の損が出続け、気が付けば、富士通ワラントは、1~2円となっていました。泣く泣く損切りして、100万円、つまり10分の1の資金を回収しました。ここで、それまでの3年間のバブルに乗って稼いだ資金のほぼ全てを吹き飛ばしたのでした。

何が悪かったのか、当時は、「フセインのせいで損した」と思っていたのかもしれませんが、今では、とんでもない投資をしていることがわかります。

まず、レバのかけすぎ、自信過剰です。リスク管理なし、恐いものなしの突貫小僧でした。
当時は、独身。お金など、単なるチップに過ぎません。
仕事をしていたのですが、トレーダーとして成功する3条件(独身、ニート、パラサイト)のうち2条件には完全にマッチしていましたので、お調子に乗ってもしかたがなかったのか・・・
一言でいえば、「経験不足」でした。

次に、トレンドは、下にもかかわらず、こんなに下がったのだから、もう底だろう、と自分が「神」にでもなったつもりで、相場を予想しています。

大きく下がった相場は、いずれ急反発する、そういうリターンリバーサルがどこかで起こるのですが、では、どこで起こるのか、それは誰にもわかりません。

たしかに、経験則からは、25日移動平均から乖離が25%で底を打つ、などと言えるのかもしれませんが、当時のバブル崩壊で言えば、それまでの40年間に、下がったら買い、という経験則など、木っ端微塵に吹き飛んだのです。

終戦から、平成元年までの約40年間というのは、日本の高度成長もあって、3ヶ月程度下がれば、底をつけて相場は上がる、この法則さえ知っていれば、誰でも儲けられる相場でした。

私は、この「3ヶ月波動」というのを経験則から、そして、林研究所の会報でも知っていましたから、3ヶ月~6ヶ月の下げにむかえば相場に勝てる、そう信じて疑わなかったのです。

実は、バブル相場の続いたそれまでの数年間は、ずっとその3ヶ月波動を利用して利益を出してきていましたので、大いなる自信につながっていました。
この3ヶ月波動には、40年のトラックレコードがあるのです。信じてもおかしくはないでしょう。

しかし、その神話を信じて、私は破綻しました。

昭和のバブル崩壊というのは、それまでのシミュレーションには存在しない暴落でした。
毎日毎日日経平均が1000円ずつ下がっていくのです。もう底だろうもう底だろう、毎日そう思っていても、面白いように相場は下がっていきます。

結局、1989年に39000円だった日経平均は、その後2002年まで下がり続け、7746円で底を打つまで実に13年間下げが続き、平均株価は、その間に5分の1となったのです。

後で振り返れば、凄い下げ相場ですが、3~6ヶ月したら戻っていたバブル時の経験則から見るしか、当時の私にはできませんでした。
後講釈と、リアルでの相場は全く違うのです。
まさか相場が5分の1になるなんて、想像をはるかに超えたものだったのです。

ただし、歴史観から言えば、戦後初の金融恐慌(ただし日本だけ)だったのです。
(ちなみに今回は、世界的金融恐慌です。あしからず)

金融恐慌など経験していない一個人投資家の私の相場観など、小さなゴミのように吹き飛ばされても当然だったのです。

もし、相場観を持つとしたら、自分の経験則といった偏狭なものではなく、ローマ人の物語から、オランダのチューリップバブルなど、2000年の歴史観から、相場観を持つのであれば、有効なのかもしれません。

その歴史観から学べることは、

相場には、どんなことでも起こり得る

相場に限界はない

恐怖と欲望という人の心が変わらない限り、いつの時代でもバブルは起こり、そして破裂する

ということでしょう。


さて、そういう偏狭な相場観ですから、この間、私は、もう底だろう、もう底だろう、そう信じて、何年も何年も相場を買い中心で攻め続けました。

立派な「値頃衆」です。

たかだか数年のちょっと小銭を儲けた経験を金科玉条(きんかぎょくじょう) とする、何と視野の狭い投資家だったのでしょうか。若さゆえの過ち、とはこのことです。とにかく経験不足でした。

底だと思っているのですから、ちょっと相場が反発しかけると買う、しかし、ちょっとは上がっても、しばらくたつと、新安値に沈んで損切り、こんなことを繰り返し繰り返しやっていました。

相場の研究を必死で続けながらも、利益が出ない日々を何年も何年も続けていたのです。

しかし、自分のどこが悪いのか、全くわかりませんでした。

人というのは、「自分が一番正しい」と思っているものです。
自分が一番正しいのですから、自分が思い込んでいること以外は、耳に入っても全く記憶には残らない、という勝手な生き物です。
相場で損を何年も続けて、相場から「あなたの投資方法は間違っている」とはっきりと通告されているにもかかわらず、「自分の投資信条は正しい」そう思い込んでいるのが、人、すなわち大衆投資家です。

このように当時の私は、自分の中の「値頃衆」が正しい、そう言っているのですから、「こんなに頑張って、正しいことをしているはずだ。必死で研究して、正しく底で買おうとしているのに、どうして損ばかりするのか。底を当てる必勝法を知らないからなのか。もっと、隠された必勝法を探さねばならない。」そう思っていました。


そうして、1996年、もうバブル崩壊から7年間、苦悩の日々の中で、野川徹氏との出会いがあったのです。

野川氏の基本理論は、極めてシンプルでした。


①トレンドに乗ること

②損を小さく切ること


究極は、この2つです。

相場をちょっとでも勉強していたら、誰でも知っている、ことでしょう。

どんな本でも、書いていることです。

しかし・・・そんな簡単なこと、

私は、

知ってはいても、全く実行できてはいなかったのです。

何百冊も本を読んでいて、何度この原理原則を読んだことでしょうか。

自分では、必死に相場で勝とう、勝とうとしていましたが、そんな簡単なことすら、全く守れずにトレードしていたのです。

もちろん、逆張りが悪い、そういうことではありません。林研究所では、私が会報を取り始めた昭和56年当時には既に、体系化されたリスク管理をベースにおいたうねり取りなど逆張りの高度な技術が体系化され研究されていました。
しかし、私は、そういうものを全く読み取れずにいました。私の我流逆張りは、いわゆるイモ筋の大衆逆張りであって、値頃だけを根拠に、感覚的に売買し、しかもリスク管理も全くできていないという、ボロボロなものだったのです。

もう底だろう、もう底だろう、と自分が一番安値を買おうとして値頃で逆張りするが、下げ相場なのですぐに落とされてしまう

ちょっと損をしたら、戻ったら売ろう、と思う。しかし、あ、下がってしまった、こうなったら塩漬けや、そう思っているうちに、相場は暴落・・・恐ろしくなって投げたらそこを底にして相場は無情にも反転する

戻りかけたら、慌てて追っかけ買いをする、しかし、すぐにまた落とされる

この繰り返しです。はっきり言って、勝てるはずもなかったのです。


この後、野川氏の下で、トレンドに乗るということ、小さく損切りすること、これを

・・・いかに実行するのか・・・

軍曹にしごかれながら、本当にいやでいやで仕方がなかったこの原理原則に基づいたトレードを強制的にさせられることになります。これも過去のこのシリーズで書いたとおりです。

それまでは、

底で買うことを目標に、

損しても頑張る美学、

を持っていた「値頃衆」にとっては、前に書いたように本当に「地獄」でした。

底を当てて、大底で大きなポジションを取って、少々の下げに耐えて、追証で頑張り、そして天井で売る、そういう素人目から見た「相場師像」を理想としていた私にとっては、青天の霹靂だったのです。

何だこりゃ、何でぐちゃぐちゃ損切りするんだ、どうして高値で買うんだ、どうなってるんだ・・・天才的な相場観で底を当てるのが相場師ではないのか??



さて、今日の下げを見て、当時のそんなことを思い出していました。

これだけ下げると、私の中の「値頃衆」が騒ぎます。

買え、買え、ここは底だ、そう叫んでいるのです。

結果論として、それは正しいのかもしれません。急反発が当然期待できます。

しかし、私は、今日この叫びを実行には移しませんでした。

何故なら、私は、トレンドに乗ること、損を小さく切ること、をきちんと「実行する」ことで、ここまで家族を相場の利益だけで養ってきているのですから・・・

バンジージャンプ

2008/10/14 Tue

値頃衆の皆様、とうとう待ちに待ったリバウンドがきましたね。

ここまで我慢された皆様は、我慢の甲斐があったというところでしょう。

こういう日でも、デイトレーダーである私は、日常と同じく淡々とトレードして、子供の給食費を稼ぐのでありました。ボラが大きいので、ちょっとボーナスポイントが入りましたが・・・


さて、普通は、大きく突っ込んだ翌日にリバウンドが入るものですが、今回は、気をもたせる、というか、これでもか、これでもか、と何度も何度も下げが続いたので、最後に、「もう降参!」と言いかけたところで、3回分ぐらいまとめて、大きいのが出ました。

まさに、バンジージャンプで、特大の渓谷からジャンプした感じです。
伸びきったゴムひもが、グワッと引っ張った感じというのでしょうか。凄まじい上げで、先物もいきなりサーキットブレイカーとは・・・鬼下げのつぎに鬼上げが待っていました。

ただ、バンジージャンプは、一旦上へ持ち上げても、また下へ落ちる、また上げる、を繰り返しますので、要注意ではあります。

根っこの部分は何も解決はしていないと思いますし・・・


ホッと和んだところで、小話でも・・・

先週、うちの奥さんとの食卓の会話。
私「毎日、日経が1000円下げて、あっという間に8000円になってもうたわ」
奥さん「そしたら、後1週間下げたら、株が無くなってまうやん。そうなったら、うちの生活でけへんようになるなあ、そりゃ、えらいこっちゃなあ。」

(そこだけが問題なんかい、そんなことになったら世界はえらいことになるんやぞ・・・でも、そう考えると、もう底なんかなあ、と思ったりした私でした。)


うちの奥さんと友達との会話。
友達「なあ、リーマンショックって、なんかサラリーマンにとってえらいことでも起こったん?」
奥さん「うーん、説明が難しいわ。外国の何かがえらいことになったらしいでぇ。」

(これを聞いて私は・・短縮鉄道ちゃうぞ、平和や、あまりにも平和すぎる、と思いました。)

脅威の逆張り指標なのか

2008/10/15 Wed

今回の下げで、私は、ある放送を待っていました。

そのある放送とは・・・

NHKスペシャル、です。

何故なのか、過去から、このNHKスペシャルが放送されると、相場は転換点を迎える、という脅威の逆張り指標となっているのです。

土地バブルが沸騰していた時、NHKスペシャルで、「土地を考える」が3時間スペシャルで放送されました。
ここで印象的な話題で今でも覚えているのが「このまま土地が上がり続けると、もう日本には誰も住めなくなる」という議論がまことしやかに、そして本気で議論されていました。

誰も住めなくなるほどの値段が、本当に実現するのか・・・そう、冷静に考えると、それは、誰も買えない値段なのだから、そんなことありえない価格なんですが、バブルが沸騰しているときには、そういう冷静な判断が誰もできなくなるのです。

当時、私の知人の多くが、これ以上値段が上がったら大変だ、と考え、マンションや一戸建てを慌てて買っていました。サラリーマンが買えるものですから、もう超不便、通勤に1時間以上なんて普通、とういう感じです。

しかし、このNHKスペシャルを頂点に、昭和の土地バブルは崩壊しました。


次に、NHKスペシャルで覚えているのが、「穀物高騰」という放送で、当時、米国の不作と同時に中国の買い付けで、穀物相場が大暴騰していました。
米国の農家にレポートして、トウモロコシが1粒もないサイロを写して、さらに干ばつで、土地がカラカラになって、農家の人が呆然としている様子を大写ししていました。

「このままでは、地球上から穀物がなくなってしまう」と、これでもかこれでもか、と印象付ける内容でした。

しかし、この日を境に、穀物相場は、暴落したのです。


10月11日、ついに待ちに待ったNHKスペシャルが放送されました。
題して「アメリカ発世界金融危機」です。

冒頭に国谷キャスターが言います。「今、世界経済は、大恐慌以来の深刻な金融危機に直面しています。」
1929年の大恐慌時の映像、NY証券取引所で青くなっているトレーダーの姿、次々に危機に陥る米国金融機関などが、次々に映し出されます。

世界のアメリカ依存型成長モデルの崩壊、アメリカの住宅バブル崩壊の現状がこれでもか、これでもか、と映し出されます。

もう株価は、紙くずとなるのか・・・株価はなくなるのか。

さて、ここを境に市場は反転するのでしょうか。とりあえずは、NHKスペシャルに敬意?を評して反転しましたが・・・


さて、何故、NHKスペシャルは、相場の反転の契機となるのでしょうか?

私は、こう思います。

NHKスペシャルが放送されるほどの状況というのは、相当その状況が悪化し、それまで楽観視していた人や、関係ないと思っていた人たちまでに影響が出てきているタイミングです。

これまで、逆張りしてた人ももう諦めて降参し、総投げとなり、上昇相場なら、パニック買いとなります。

悪者の投資家が困っているだけで、一般大衆には、関係ない、という段階から、やっと全国的問題に格上げされた段階、それがNHKスペシャルなんでしょう。

皆が悪化した状況を共通認識し、固唾を呑んで、危機を見守っている、そういう状況です。

どれだけ深刻なのか、それが番組を通じて、やっと全国民の共通認識となる。

「これはバブルに踊ったアメリカの問題であって、日本は関係ない。アメリカ依存ではなく、新興国との貿易が大きくなっているのだから大丈夫。株は過剰反応しているが、日本の経済のファンダメンタルは底堅い。」

これは、相場が崩れ始めたときのいつもの政府関係者のコメントです。今回も例によって全く同じで、いつもながら、呆れる脳天気です。
確かに政府首脳ですから、アナウンスメント効果を期待して、ということもあるのかと思います。しかし、病気になっている人に、大丈夫、大丈夫、というだけで治療しない方が、より重体になるのではと私は思うのです。

さて、政府関係者もこのNHKスペシャルを見ているのでしょうか。
「これは大変なことになっている、何かしなくてはいけない。」
ようやく政府も動き出します。

やっと状況を把握し、それまで楽観的で能天気なことばかり言ってきた政府もようやく思い腰を上げる絶好のタイミングとなるようなのです。

総理、日銀総裁、見てますか?

そういう絶妙なタイミングが、NHKスペシャルなのです。

今回も、昨年8月のパリバショックから始まって、今年9月のリーマンショック、しかし、その時に本当に危機だと認識できていた人は、わずかだったんでしょう。

そして、今回の暴落・・・ついにNHKスペシャルの発動!!

目先的には、反転しています。

今回は、80年ぶりの世界金融危機ですから、そう単純なものではないのかもしれませんが・・・

ニュースにつっこむ

2008/10/19 Sun

テレビでは、人々が口々に「こんな経験は始めてで」とコメントしている姿を映しています。
私は、「どれだけの経験や・・」と思わずつっこみたくなりますが・・

さて、ニュースを見ていると、日経平均1000円安、1000円高、というのをいかにもパニックを煽るように報道し、アナリストという後付けの解説者が、いかにもわかってました、というようにパニックを煽る演出を繰り返します。

ここで、一緒に踊ってしまうと、踊る阿呆に見る阿呆、になる、と思うのです。

ここで、多くの人は、ニュースコメンテイター、アナリストの意見を受け売りして、あたかも自分の意見のように思ってしまう、という問題が発生します。
知らず知らずのうちに、頭が染まってしまうのです。
こうして、翌朝には、ミニ古館さんが大量発生、という笑える話が町のあちこちで起こります。
大衆意見は、こうやって生まれるのでしょう。

しかし、この大衆から離れないと、相場で利益を出すことは、困難だと思います。

近視眼的、後付け解説が中心で、それに乗ると、皆と一緒に大衆行動をしている自分、ということになるからです。

ニュースについては、そこから事実と意見を分離して、聞きださないといけない、と思って見るようにしてます。解説者の意見については、「そういう意見もあるのか」ぐらいに思っておくこと、割り切る必要があると私は思います。

「事実と意見」・・実は、わりと混同しがちではないでしょうか。事実、というのは、日経が1000円下がった、資本注入が入った、など現実に起こったことです。

一方で、意見というのは、アナリストやキャスターが述べる、解説、これからの見通しなどを言います。解説については、いかにも正しい、という感じがしますが、それは一意見だと受け止めることを心がけています。

ニュースの解説から、背景や問題の本質を探ろうとすることは、いいのですが、解説者が述べることをついつい「事実」と誤解してしまうことが多いのです。
しかしながら、解説者が話すことは、「その人の意見」でしかありません。それを事実と思い込むと、大衆、となってしまいます。

解説者がどれだけ自信たっぷりに説明したとしても、俺は全てを知っている、これは事実だ、と言ったとしても、それは、その人の意見なのです。
解説者という一つの意見を聞く、ぐらいに自分を高く置いて、大衆は、これを受けて、どう反応するのか、では、自分は、どう行動すべきか、大衆に巻き込まれない自分を「高みに置く」という癖をつける必要がある、と自分では思っています。

こういうときに大阪的な「ボケとつっこみ」的発想が役に立ちます。

したり顔で解説しているアナリストには・・「お前は神様か!(欧米か、の乗りで)」

やっぱりなという論説委員には・・「起こってから言うなって。それを先に言えっちゅうねん。」

いかにもパニックが起こっているというキャスターには・・「応援団長ご苦労様です。演出いつも大変ですねえ。」

NHKスペシャルであった「このまま土地が上がり続けると、もう日本には誰も住めなくなる」という議論に「誰も住めない値段で買うやつがどこにおんねん」とつっこむ、という感じでどうでしょう。

批判的に、というのではないのですが、自分が大衆に染まらないためには、このぐらいのつっこみ、が必要かもしれません。


また、ニュースを見るのに、私がもう一つ注意しているのが、マスコミの姿勢です。
ニュースとて、エンターテイメントなので仕方がないのですが、事実を大袈裟に表現したがる、ということです。

青くなった投資家の姿やパニックになっている証券会社のトレーディングルームを写すのは、恒例行事ですよね。

よく、台風の現地中継で演出があるのは、わざわざ岬の先に立って、「凄い波です。凄い風が吹いています。雨もきつくなっています。」とパニックになる新人アナを写す、という例の恒例行事です。
そこって、普段から風が強いんじゃないの、と思わずつっこむ私でした・・・

「こちらは、大阪です。段々と風も強くなって、雨脚も強くなってきています。」と中継しているのですが、自分が、窓から外を見ると、大阪は、結構穏やかで「なんでや、どこの話や」と突っ込みを入れたくなります。

ちょっと前の台風中継の時に、岬に立った新人アナが「こちらは、今、雨もやんでいます。風も穏やかです。」というので、困ったキャスターが「波の様子はどうですか」と振ると、新人アナが「波も穏やかです」と返したので、ガックリ、となったキャスターに、思わず笑ってしまいました。吉本では、ここで全員こけます。新人アナは、後で相当叱られたことでしょう。

これと同じ演出が、経済中継でも日々起こりますので、ここは割り引いて見ておかないといけない、ということですね。


では、このような大衆行動から一線を引いて、近視眼的、後付けにならない、自分の考えをどう見つければいいのだろうか、ということになろうかと思います。

これについては、次回ということで・・

パタンーンを使いこなすこと

2008/10/26 Sun


前回の続きは、次回に回して、今回は、リアルでチャンスがあるので「予想するのではなく、認識する」というテーマで少し書いてみます。

添付は、225先物のチャートです。

週末は、前回の安値を割ってしまいました。
こうなると、奈落の底まで、という感じがするものです。

相場が下がってから、崩壊、崩壊、と騒ぐのは、マスコミに任せておいて、ここは冷静にチャートを見てみたいものです。

前回10月10日の安値が7840円。

おそらく、この安値まで頑張った方は、14日のリバウンドで、ホッと一息されたことだろうと思います。
テクニカル的に起こる1回目の急反発。

ところが、2日後には、すぐに大幅下落、また戻ったと思って、これで何とか、と思うと、再び下落して、週末には、まさかと思っていた10日の安値を割る始末。

10日までの下げを耐え、さらにその後のアップダウンに耐えた人も、さすがにこの安値割れには、絶望感が出てくる、という心理状態に陥るチャートのパターンです。

一方的な下げには耐えられても、ホッと一息入れてしまった後での修羅場ですから、これはキツイ一撃です。

皆が、ここはもう底だろう、と言っている間は底をつけないものですが、もうだめだ、これ以上は耐えられない、そういう状態になったときこそがポイント。

そういう心理に人を追い込んで、反転する、という相場の習性があるのです。


相場が底を付けるときには、このような心理が働くことから、Wボトム、2番底を付ける、というパターンが多いわけです。

トレーディングエッジ入門、という本には、再度の安値割れからの反転を「リンスパターン」として紹介しています。

ここまでぶら下がっていた「大衆」が綺麗にリンスされる瞬間、何と言う人を食った表現でしょうか。

「大衆は常に間違っていて、マーケットは必ず現在のコンセンサスとは、逆の方向へ動く」(トレーディングエッジ入門より)

そういえば、「ウオッシュ・アンド・リンス」という表現もありました。
ぶら下がった大衆を綺麗に洗って、リンスをする・・・これも強烈な表現です。

また、タートルスープ・プラス・ワン、のチャンスでもあります。

通常、相場には、こういう動きがあることから、逆張りするにしても、ストレートに下がっている相場は、途中で買うのではなく、下がるに任せて引きつけておいて、一旦大きなリバウンドが入って、そこから再び反落したところだけを狙う、というのが戦略家、パターン認識としてのトレードだと思います。

ということで、今回は、ここが結構な正念場だと見ています。

このブレイクが騙しにならないとすると、厳しい展開となります。当然、NYとか海外市況の影響もありますから、単純ではないとは思いますが・・・


さて、ここでの主張の1つは、パターン、というのは、リアルに現場で使えないと、意味がない、ということです。

例え間違っていたとしても、認識できるパターンというのは、リアルで認識できないと、後講釈だけ言っているのでは、実践では使い物にはなりません。

後でチャートを見て「あれは、Wボトムだった」とか、下がる途中で買ってしまって、安値割れで投げた、とかいうのでは、パターンを知っていても、全く使えていない、ということになります。

パターン認識という観点で相場を見るのは、値頃衆とは全く違う観点から相場を見ています。

リンス、という概念は、知らなくても、Wボトム、ぐらいだったら誰でも知っていることでしょう。
このパターンが出るまでは、買わない、としているだけで、ここまで、この下げにおいて、買いチャンスは1度もありませんでした。

ここでは、上がるか下がるか、評論しているわけでもありませんし、予測しているわけでもありません。

人間心理に基づいた相場の「パターン」を冷静に認識し、人々がパニックに陥っているところをパターンに基づいて、「認識」している、だけです。

ただし、大切なのは、事前にパターンが起こりそうとシナリオを立てておくことだと思います。起こってから気がついたとしても、もはやそのときには、相場が走ってしまっていて、そのパターンに基づいてトレードすることが不可能だからです。

そして、もしこの認識が間違っている、すなわち戻りが入った後で、再び売られたとしたら・・・切るだけです。
そのポイントもはっきりしています。

さて、とにかく、まずは、数日以内に先物ベースで、7840円への戻りがあるかどうか、がパターン成立の条件です。

週末のNYは安かったので、厳しいようですが、
ここが「ウオッシュ・アンド・リンス・パターン」成立の正念場ですね。

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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

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あらなみの相場技術研究所

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