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上達のプロセスこそ秘訣 その2

2008/04/06 Sun

前回書いてから瞬く間に2週間が経ってしまいました。
どう書いていこうかと考えているとちょっと重くなってしまって・・・

少しずつ書いていこうとは思いますが、ただ、全部を書くと本になってしまうほどの量になるので、ポイントだけをかいつまんでということで書こうと思います。

前回、相場を手品かなにかと勘違いしている、と書いたものの、よくよく考えてみると、手品というのも、実は、種を知っただけで、それで観客の前ですぐに手品師になれる、というものではない、ということを思うと、やはり手品とて、種を知って、それを何度も何度も練習して、腕を上げる必要がある、ということだった、と自分で書いておいて、間違いがあった、思いました。

そういえば、ある手品師の話ですが、手品の種というのは、自分で考えることもあるのですが、手品師同士で売買するものだそうです。種の値段というのは、種にもよりますが、この技は60万円とか、この技は100万円とか・・・結局、色んな種を買うのに相当な金額を投じている、というようなことを言っていました。

もしかしたら、相場と手品は似ているのかも・・・手品には、種と腕が、相場には、手法と腕が、それぞれ両方があってこそ利益が出せる、という性質のものだからです。

ということは、相場で、手法だけを求める心理を例えるのに、どう表現していいのか、クイズ、問題の答えを求める、というようなものだろう、と思うところです。

これなら、相場に答えというのがあって、その答えさえわかれば、利益が出せる、その答えというのは、手法、ということなんでしょう。
しかし、手法というものを幾ら知っていても、腕がなければ相場は取れないのです。


ということでそろそろ、プロセスの話を・・・私が相場を始めたのは、大学に入ってしばらくしてからだったと思います。1980年頃です。
このころは、まだ何もわかっていなかったのですが、無手勝流で何となく逆張りをしていました。勉強熱心だったので、色んな相場本を大学生という暇人の立場を利用して、片っ端から読んでいました。本から勉強して、知識を蓄えようとしたのです。

そうこうして、1年か2年たったころに、1冊の本との出会いが大きく自分を変えることになります。というか、「なるはず」でした。

脱アマ相場必勝法・・1982年(昭和57年)が初版ということらしいですが、相場に興味を持ったものの、どうでもいいようなガラクタの本ばかりが目立つ相場の本を読んで必死で勉強していたころに、本当に目から鱗、というのか、天地がひっくり返ったというのか、衝撃的な思いで、この本にめぐり合いました。

林輝太郎大先生との出会いでした。

相場とは、予測ではなく技術で取るものだ、という林大先生の考え方

どうやって、予測の精度を上げようかと考えていながらも、その考え方に疑問を持っていた私にとっては、本当に衝撃的な一冊となりました。
評論家ではない。本物に出会えた瞬間でした。

私は、その後、林研究所で売られていたコピーなど全てを買いあさって、朝から晩まで必死で勉強しました。中源線という当時では珍しいシステムの本が5万円しましたが、それも含めて、それ以外にもコピーなど1万円とか、合計20万円近く本を買ったと思います。

ところが・・・私は、せっかく林先生との出会いを果たしながら、今思えば、大失敗をしているのです。

それは、何かというと、本を読んで必死で勉強をして、林研究所で出している本を片っ端から読み、相場技術の知識をどんどんと蓄えてはいたのですが、知識を蓄えながら、実践の練習や、そこに書いてあった練習方法を知識として蓄えていっただけで、実際には、ほとんど練習はしなかったのです。
頭で理解して、わかったつもりでいたのです。

これは、スキーの教則本を必死で読みながら、ゲレンデへ出ての練習はほとんどしなかった、というようなもので、とんでもない本末転倒のことをやってしまっていました。

林研究所の本による知識は、単なる知識として封印してしまったのでした。

しかし、一方で、相場の売買は順調でした。

では、当時何をやっていたのか、というと、このころにテクニカル分析に目覚めた私は、あらゆる分析ができるソフトを当時100万円以上で手に入れて、とにかくテクニカル分析によって利益を得ようと必死になっていました。

売買の技術や腕を磨くというところの近くまで行っていながら、そこから離れて、テクニカル、手法の世界へひた走ったのでした・・・・

このころは、日足というよりも、週足が分析の中心でしたので、私もそれに乗って、週足の分析により、あらゆるオシレーターを組み合わせて、必勝法を作ろうと必死でもがいていました。当時のPCは、NECのPC9801というPCで1セット50万円ぐらいするものです。

こういう中で、オシレータ(いわゆるRSIとかSTCなど)を使って数ヶ月の押し目を買って、戻りを売る、というところへ手法は落ち着いていました。

これは、後から考えると、林研究所のいわゆる「うねり取り」という手法を使っていたというだけのことだったわけですが・・・

こうして売買を繰り返すうちに学生の数十万円の資金は、数年して気が付くと数千万円の規模になっていました。やっていたことは、2~3ヶ月の押し目を買って、戻りを売っていただけのことです。

20代の若者でした。自分は、これで相場で食っていける、そう思う日々でした。

しかし・・・このころの相場は、ブラックマンデーを経て、上げ相場が続いており、いわゆる昭和のバブル相場の真っ最中だったのです。しかし、やっている本人は、相場の腕を上げたと勘違い・・したとしても経験がない若者なのですから、仕方がなかったでしょう。

とは言いつつ、バブルの末期に空売りに転じて、何度も小さな損を出していた私は、1989年の暴落初期には、ノーポジの望むことができました。初期の暴落を回避できたのですから、もう天才気分でした。

しかし、半年の暴落を待って、ここぞとばかりに全力買い出動、それもワラントというハイリスク商品を全力買いした私は、フセインのイラク進行による第二次暴落によって、全てを失うことになるのです。

そう・・・たまたま上げ相場に乗れる、ということは誰にでも訪れる幸運です。しかし、それを自分の実力と勘違いしてしまうことによって、悲劇は訪れるのです。

腕がなければ、攻めることはできても、資金を守るということはできないのです。

一昨年の新興株上げ相場に乗って出て来た1億円プレイヤー達のその後を見ていると、この自分の経験がだぶるところでした・・・

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上達のプロセスこそ秘訣 その3

2008/04/07 Mon

人というのは、ともすると独善的になりがちです。自分がこうと思ったことこそが全てで、他は間違いである、そう思い込んでしまうことがよくあります。

日足ベースでの逆張りを書いているあるブログを読んでいると、「デイトレードなんかで儲かるはずがない。最後は必ず失敗するんだ。」と断言していました。

そして、分割と逆張りだけが相場で取れる道だ、技術だ、と断言するのです。
確かに、それだけ自信がおありなんでしょう。そう思い込むことで、自信を持ってトレードもできるし、周りに惑わされずに済むのかもしれません。

しかし、実際には、どうなんでしょう。

私は、相場という山に登る道には、いくつものルートが存在する、と思っています。というか、そう考えるのが当たり前だと思うのです。

私自身は、デイトレードという、宵越しの株は持たねえ、そんなリスクは取りたくない、という方法で生活してきていますが、そうだからといって、スイングトレードは危ない、とか、デイトレこそが王道、とか言うつもりは毛頭ありません。

たまたま、こういう短期売買が自分に合っていた、ということだけなんだろうと思うのです。

ごくたまにスイングしてみることもありますが(デイトレの延長ではなくて別トレードとして)なかなか儲けるのは難しいなあ、と思うこのごろです。
しかし、自分が、なかなか儲けられないから、といって、「スイングでは儲けられない」と言うつもりはありません。というより、「自分には、スイングで儲ける腕がないんだ」ということなんでしょう。

何故、こんなことを書くのか、というと、前回書いたことも含めてですが、これは、私が歩んだ道であって、もし、もっと突き詰めてやっていれば、答えが見つかったことかもしれないし、自分が答えを見つけられなかったからといって、否定している、ということではない、と読んでいただきたいからなのです。


という前提で、続きですが、オシレーターの話です。

ちなみにオシレーターというのは、チャートの下に出る指数のこと全般を指す言葉で、具体的には、オシレーターとは、乖離率、RSI,RCI、STCなどの指数全般を指します。

私のオシレーターとの戦いは、1984年ごろから1996年まで続くこととなります。この間の12年間、寝食を忘れて没頭したこともしばしばでした。とにかく、オシレーターで必勝法を開発することこそ、相場で勝つ道だと信じて疑わなかった私は、たまたま最初のころにバブル相場に乗って儲けられたことも災いして、この道から抜けられなくなってしまいました。

具体的に何をやっていたのかというと、例えば、STCに注目したら、その周期を調整し、過去にどれだけ儲けられたのか、-20以下で買って80以上で売って、そのだましは、RSIでフィルターをかけて、と簡単に書けば、こうやって色々と組み合わせて答えを見つけようとしたわけです。
今で言うところの「システムトレード」の走りです。

しかし・・・この12年間でやっていたことを専門用語で言うと、単なる「過剰最適化」でした。うーん、なんと一言で終ってしまいます。
しかし、当時、そんな知識も無かった自分としては、幾ら頑張って最適な指数を組み合わせを作っても、実践すると「損」というこの繰り返しが空しく待っているだけだったのです。

シミュレーションでは、あんなに儲かっていたはずだったのに、勝率90%のはずなのに・・・

今の人は、幸運だと思います。こういう知識もちょっと本を読めば、幾らでも紹介されていますし、PCも高性能ですから、当時で1昼夜かかったような検証や検索も数分でできてしまいます。

バブル崩壊で、ワラントで大損して以降も、相場には手を出していたのですが、毎年毎年、年を終えてみれば「赤字」でした。

ちなみに、フセインのイラク進行でとどめをさされたのですが、ではフセインがイラクに侵攻していなかったらどうなっていたのか、というと、やはり別の損をしていたのでしょう。
きちんと不意打ちを食らっても大丈夫なようなリスク管理ができていないのですから、フセインでなくても、別の何かで損をしていたでしょう。当時は、そんなこともわかりませんでした。

よく、ライブドアショックが原因で損をした、というような言い方をしますが、ショック安というのは、いつの時代でも相場にはつきものなのです。たまたまライブドアショックとなっただけで、もし、そこで大損するようなポジショニング、リスク管理をしていたのであれば、いずれ別のショック安で損しているだけだと私は思います。


さて、必死で相場の研究をして、働いて貯めた金を相場につぎ込む、しかし、その金は次々に消えていく、そういう日々を過ごしていました。

そうやって負け続けていながらも、「いつか、相場で勝ってやる、自分は相場で勝てるようになる」そう思って、必死で頑張っていました。

しかし・・・そういう努力は、一向に目を出す気配すらなかったのです。1994~1996年頃は、もう相場から離れることも多くなったような気がします。もうダメなのかもしれない、そういう気持ちになっていました。

今、考えれば思い込みとは恐いものです。オシレーターを絶対視して、これを克服することが、相場で儲けられる道だ、と思い込んでいたのですから、頭がここから離れなくなってしまっていました。

相場で儲けること=オシレーターで必勝法を開発すること、となっていたのです。

オシレーターが悪いわけではないのです。ただ、私のオシレーターに対する考え方が完全に間違っていたのです。
当時、私は、テクニカル分析の最も大切なことを完全に無視して、最適化ばかりしていたのですから・・・

最初に書きましたが、独善と思い込み、というのは、人間やりがちではありますが、どれだけの損失をこれによって被ることがあるのか、と考えるとそら恐ろしくなることさえあります。

当時は株式の手数料が高かったので、商品先物にも手を出していました。当時唯一儲けが出ていたのは、大阪ゴム指数先物でボラティリティブレイクアウトという手法を使った売買だったと記憶していますが、そういう利益も、株の損失で消えていっていました。

最初のころに出会っていた林研究所のFAIや立花さんの名著「あなたも株のプロになれる」・・・この本はボロボロになるまで読んだ本だったのですが、これらをしっかりやっていれば・・・と今思えばというところですが、PCを利用してテクニカル分析をする、ということに比べれば、手書きのチャートや手書きの場帳など、いかにももっさりしてと感じていました。結局は、ちょっとかじった程度に終ってしまいました。

もっさりした手書きチャートより、PCで出てくる指数に魅力を感じていたのです。

といって、当時、手書きのチャート、月足、日足、場帳などちょこちょこと何ヶ月か書いては見たものの、本に書いてあるような変動感覚や相場観、こつんとした当たり、などなどは全然わかりませんでした。

というより、数ヶ月ちょっと手を出してわかるようなもんじゃない、と怒られそうですが、そういうことだったんでしょう。技というものがそうそう簡単には覚えられるほど相場は甘くはなかったのです。

さて、短期売買に興味を持った私は、当時、株では手数料が抜けないので、商品先物に傾倒していくことになります。

これが、幸いしたのでした・・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その4

2008/04/08 Tue

ちょっと戻って、前回に引き続き、オシレーターの話とその後を追加しておきます。

「過剰最適化」という話をしました。これは、私が嵌ったトラップですが、オシレーターがどうこうという前に、この過剰最適化は、オシレーターの使い方としては、非常にまずいと思います。
このトラップにはまり込んで無間地獄に入ってしまった人は、私の周りにも大勢いますが、皆討ち死にしました。
この過剰最適化については、システムの本にも多く載っていますし、グーグルで検索してもらえれば多くヒットします。キーワードは、「最適化の罠」「過剰最適化」「カーブフィッティング」です。
http://www.kabuguide.com/040819194251.html
ここが端的にわかりやすく解説してくれています。ここに「ひとつのことに集中して取り組むことの出来る人や、理系的な計算・演算の処理が得意な人ほど陥りやすい罠でもあります。」と書かれていましたので、思わず・・あ、自分のことや!!と思ってしまいました。

オシレーターというのは、道具です。道具を使いこなすのは、人です。ですから、道具を使えなかったからといって、道具の使い方が悪かったからといって、道具が悪い、というのは、客観的な目線ではないのでしょう。
私は、オシレーターという道具の使い方が何年たってもわからなかったのです。
さすがに2年、3年と幾ら努力しても利益がでなければ、「このやり方ではまずいんじゃないか・・」というところまではわかります。しかし、その先へは進まなくなっていました。
こういうやり方では、どうやら利益は出ない、しかし、ではどうやったらいいのか・・・わからない。



そこで、最適化ではなく、何か必勝法はないのだろうか、と、今度は必勝法を探す旅に出たのです。

勝てる売買法を探すことが、相場で勝つ道である

というロジックです。

具体的には、今で言う情報商材をいろいろと買ってみました。○○罫線法、○○憲法、などなど、かなり高額なもので、いかにも凄そうなものを色々と手に入れました。

20万円もする○○罫線法・・・手に入ったのは、どうとでも解釈できるような線を後付けであっちこっちに引いて、当たった当たったというものでした。
また、「この売買法で瞬く間に1億円が・・」という宣伝文句に乗せられて必勝法を買ってみたら、「無限にナンピンせよ!」だったり、オシレーターの当たったところだけを取り出した偽者だったりと、冗談のようなものばかりで、藁をもすがる思いを踏みにじられてばかりだったのです。

しかし、常識的に考えて、1億円儲ける方法が3万円で売っていると考える方がどうかしているし、ネット上を幾ら探し回ったとて、1億円を儲ける方法教えます、なんてところは見当たらないでしょうし、あればそれは基本的には詐欺まがいのサイトでしょう。

こうして、必勝法探しの旅も、無駄な労力と、多額の資金をつぎ込んで犬死にとなりました。

必勝法トラップにどっぷりと嵌ってしまっていました。

ということで、1994年~1996年ごろには、まさに「どつぼにはまる」状態というのでしょうか、情熱も失せかけていたころだったと思います。

儲けられない話などどうでもいいから、とお思いかもしれませんが、これは、大いなる反面教師にしていただきたいと思い、こういう失敗談をクドクドと書いています。
私見では、こういうところで足踏みしている人が結構多いのでは、と思い、あえて「恥」の部分を書くことにしました。

投資関係のサイトやブログをあちらこちら探し回って、投資のヒント、戦略、が無いかを必死で探し回る、という行為にどっぷりとつかる、というようなことはないでしょうか。

実際に売買を実践したり、チャートを分析したり、ということをなおざりにしてまで、ネットの情報を探しまわることに時間を割いてはいないでしょうか。

最近では、特にFX関係のこの手のサイトが増えているようです。平均足と移動平均を組み合わせて使うもの、とか、新手のものもあり一見よさそうなのですが、どうして、そんな素晴らしいシステムを自分で売買せずに人に売らなくてはいけないのか・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その5

2008/04/09 Wed

失敗談を書くことによって、気がついてもらいたい・・それは、繰り返しになりますが、人というのは、ともすると独善的になりがちです。自分がこうと思ったことこそが全てで、他は間違いである、そう思い込んでしまうことがよくある、ということです。

私が回り道をしていたことも、当時は全て、これが勝てる方法である、そう思いこんでいたわけです。

今、一度振り返ってみてもらいたいのは、

「今、自分が勝てる、と思ってやっていることは、もしかしたら間違いではないだろうか。」

「今、もう1つ勝ちきれていないのは、下手だとか、努力が足りないということではなくて、やっていることそのものが間違いではないだろうか。」

ということです。

林輝太郎氏の本には、「正しいレールに乗る」という表現がしばしば出てきます。
儲けるための投資の勉強、上達のステップというのは、最初に書いたように、本当に無数のルートが存在します。(逆張りしかない、という人もいますが・・)
しかし、それと並行して山頂にはたどり着けないルートもそれ以上に存在するのです。
そのルートに乗ってしまうと、正しくないレールに乗って、無駄な努力を続ける、ということになってしまいます。
さらに問題なのは、この正しくないルートほど、きらびやかで華やいで見えるものなので、ついついそのレールに乗ってしまうのです。
私は、この正しくないレールに何度も何度も乗ってしまったために、本当に時間と労力を無駄に過ごしてしまいました。
これを他山の石にしていただければと思うところです。
正しいレールに乗って、正しい努力さえ続ければ、誰にでも、山頂に到達できるはずです。
上達の道筋こそノウハウというのはそういうことです。

よく、相場のセンスが必要とか、天性のものが必要とか、デイトレをやるには、本能的な相場師としての感性が大切、とか言いますが、もし、そういうものが必要なのなら、私は未だにサラリーマンでしょう。
私自身は、相場観もありませんし、本質的には付和雷同する一大衆です。
いつも高値になったら上がりそうに思えるし、暴落したら売りかなあ、と思うヘタレです。まさに大衆投資家とは自分のことか、と思うところです。
また、よく相場の上手い人は、将棋や麻雀などの勝負事に強い、と書かれているのを見ますが、私は、将棋、オセロは下手ですし、麻雀は、子供にも負けます。

私が人に自慢できるとすれば、(何度叩かれても)諦めないで頑張れる、とか、夢中で熱中できる、とか、そういうところだろうと思います。

しかし、幾ら努力しても、努力の方向が間違っていたら、頂上にはたどり着けないのです。



では、どうやって「正しいレール」に乗ればいいのか。

当時、私は、自分で考えて考えて、死ぬほど考えて、努力して、そして・・・相場の無間地獄に嵌っていました。

もはや自力では脱出困難な状態だったのです。

ここで、ちょっとだけ回り道ですが、人類の進歩の歴史というのは、全ては先人の辿った足取りを踏襲するところから始まっています。生まれたての赤ん坊は、生まれたところから、成人になるまで、人類の歴史が辿った進化の歴史を「勉強」という形でプログラムしてもらい、一人前になるのです。

もし、赤ん坊が、この進化の歴史のプログラム無しに「自分で考えて」成人としてやっていけるようになるか、というと、これはありえないことです。人に教えてもらわないと、言葉一つ喋ることは不可能です。

この連載の最初に、ピアノの上達には、上達のノウハウ、技術の習得に関する練習ノウハウが確立されている、と書きました。

しかし、一方で、相場においては、無数のまがい物のレールがあり、正しいレールを見分けることが非常に困難なのです。果たして、その正しいレールはどうすれば見分けることができるのか。

登ったことがないのですから、自分で判断するのは非常に困難でしょう。結局、何度も行ったり来たりの繰り返しになってしまいます。

しかし、既にその正しいレールで頂上に立った人ならどうなのでしょう。自分の登ったルートは正しいということを知っているのは明らかです。

つまり、既に頂上にいる人からルートを教えてもらう、ということが必要になる、ということで、当時の私がそうでした。誰かに助けてもらわないと、どうにもならない状態でした。
投資で成功した人、相場で利益を得られるようになった人が辿った道を教えてもらう、ということです。

しかし、一方で、世間では、相場で利益を得ている、と言いながら、ウソやまがい物が満ち溢れています。何が本当で何が本当でないのか、選別は非常に困難を極めるのが現状でしょう。

また、相場のノウハウというのは、一子相伝的色合いが濃いものです。なぜなら、相場そのものが金の奪い合いである以上、相場のノウハウが広まることは、そのノウハウの死に直結するものだからであり、ここが相場の正しいレールを隠す要因になっているのだと思います。

ライバルとなるプロの投資家は一人でも少ない方がいいわけで、一方で、カモになってくれる大衆投資家は幾らいても多すぎるということはないのです。



さて、前々回、「短期売買に興味を持った私は、当時、株では手数料が抜けないので、商品先物に傾倒していくことになります。これが幸いしたのでした」と書きました。

これが、どういう意味かというと、たまたま、先物取引会社の店頭で受け渡しをしに行った合間に読んだ「先物雑誌」という本の中のある人物の書いた記事を読んだ瞬間に、衝撃が走ったのです。

本当にびっくりしました。その記事の内容に、私は、本物中の本物のにおいを嗅ぎ取ったのでした。

私は、すぐにその連載のバックナンバーのコピーを頼んで、必死で読みました。震えが来るような内容、というのはこのことだったと思います。書いてあること全てが「目から鱗」でした。それまでの私の10年間がその連載だけで全て吹き飛んでしまいました。

野川徹氏・・・の書いたものでした。

「あなたは株のプロになれる」の立花氏も、どんなに努力しても儲けることができずに、地獄をさまよっているときに、ある商品先物会社のおじいさんとの衝撃的な出会いを果たします。ここで相場の技術ということを教えてもらい、不覚にも涙がでて、そして一週間は放心状態だった、と書いておられますが、私が野川氏の記事を読んだときもそのような状態でした。
頭が真っ白になり、呆然としていました。

それまで自分が考えていた「相場」というものの理解が全く不十分だった、ということが一瞬にしてわかりました。まるで相場を理解していない自分をいやというほど見せ付けられた瞬間でした。傷口に塩をずりずりとすり込むように自分の無知を思い知らされたのです。

それまでは、相当自分は勉強家だと自負していたのですが・・・

当時、野川氏は、私の1歳年上、新進気鋭の相場師で、商品先物業界では、もうかなり名の知られた人物でした。
野川氏が本物かどうか、それは、書いてある内容が全てを物語っていました。
何とか氏と接触できないものか、そう考えていると、渡りに船というのはこのことですが、野川氏が「相場師養成講座」を立ち上げる、というので、慌てて参加しました。

あの時、商品先物会社に行かなければ、何気なく雑誌を手に取らなければ、まだ、悶々とした日々を続けていたのでしょう。

こういう人生を左右する出会いというのは、人の一生に何度かあるものです。
私は、野川氏によって、正しいレールに、それも最短距離の特急列車に強制的に乗せられることになったのです。

上達のプロセスこそ秘訣 その6

2008/04/10 Thu

どうして、こういうことを書き始めたのか・・・このブログを読んでいただいている方は、ごくわずかな人だけですが、そのわずかな皆さんの中で、私の当時と同じ思いでもがき苦しんでいるという方いらっしゃれば、この連載を読んで、一人でも「そうだったのか。そういうことか。」と思っていただけたら幸いだ、と思い、こうやって書いています。
自分もよく考えたらどうやら同じ失敗をしているようだ、と一人でも気がついていただければと思ってのことです。

また、当然に、私とて日々勉強ですから、自分の過去をたまにこうやって振り返ってみて、新たな道を探したい、という思いもあります。


さて、人というのは、年を重ねるほどに「頑固」になるものだと思います。
幼児のころは、人から教えてもらったこと、聞いたことをどんどんと吸収して、成長していくことができるのですが、小学校に入学して、低学年、高学年、中学生、となるにつれて、だんだんと自我が目覚めてきて、そして、20代、30代、そう自分の過去を振り返っても、あのころは、人の言うことを素直に聞けたのに、段々と自説に固持する自分が今の自分です。

ですから、せっかくのいい話であっても、本当にいいアドバイスでも、自分というフィルターを通してしか、物が見えませんから、そういうチャンスの欠片は、次々に自分の目の前を通り過ぎていくのです。

人の話を聞く、というのは、簡単なようで、とんでもなく難しい、といつも思います。大人になるほど、素直に人の話を聞けなくなるのです。

私がたまに知り合いと相場の話をするとき、相手は私がプロだと知っているのですが、何故か、人の話など聞こうともせずに、自説をとうとうと述べる方が多いのには驚きます。

「最近は、儲かりません。自分はこうこうなのですが・・・。相場は難しい。この先、意外と相場は上げると思いますよ。アメリカの景気も底を打ったと思うし・・・」などなど。

そして、こちらが、相場は、こう考えるべきですよ。とか話をすると、「それは、違うんじゃないですか。自分はこう思いますよ。やっぱり先を読めないとだめ・・・」と、また、とうとうと自説を喋られます。

そして、概ねとどめの質問が待っています。「この先相場は上がると思いますか。下がると思いますか。」

「いやー、よくわかりませんね。上がるかもしれないし、下がるかもしれないし。」と答えると、怪訝そうな顔をして、「プロでもわからないんだから、今の相場は難しいんですね。」とちょっと、小馬鹿にした雰囲気で・・・

曲がりなりにも、これで食っている相場師が、相場で勝てないアマの方から、自説を教えてもらう。また、その話の内容は、お世辞にも、当て屋レベルでしかありません。しかし、そういう会話がいつものパターンです。

いつもこうですから、あまり気にもなりませんが、逆に、もし、自分が相場で何とか勝とうとして、頑張って頑張って、それでも毎年負け続けて地獄をさまよっているときに、こういう助け舟があったら、どうだったんだろう。クモの糸につかまることができただろうか、そう思います。



自分という自尊心と自我、ついでに間違った思い込み、これは、新しいことを吸収するのにとんでもなく障害になるものです。
というのは、この時期の野川門下生の行動にはっきりと出ていました。
同じ時期に門下生となって、同じことを学んだのですから、皆がプロになった・・・とは、なっていません。その大きな原因が、この自我と自尊心にあったのではと思います。
こんなもの価値が無い、とスピンアウトする人と、最後までしがみ付いた人、大きく分かれました。

私は、野川徹氏という師匠のもとで、クモの糸につかまって、地獄からの脱出を始めることになります。
このときに、私は、「自分を含めて、大人は頑固な生き物だ。」と考えていたので、野川氏にこう宣言しました。「これまで持っていた相場の知識は、全て無にして、自分というフィルターを取り払って、全てを吸収できるように頑張ります。」と、そうでないと自分は変われないと思ったからです。

しかし、一方で、同じ時期に門下に入った門下生の仲間には、別の観点の人も大勢おられました。
投資顧問と勘違いして、結果だけを求めていた人もいました。また、自我と自尊心、間違った思い込みから、自分の過去の経験が捨てられなかった人もいました。そういう人たちは、野川氏がせっかく大切なことを話してくれているにもかかわらず、聞く耳を持たずに価値を認めることもなく、去っていったのです。



さて、上達のプロセスの話ではなく、相場の話を1つだけ。

相場というものの理解、とは何ですか、というご質問がありました。相場の本質、根っこの部分、とも言うべきポイントがあります。

それは、「相場とは、人の心が動かしている」ということです。

え・・・たったこれだけですか。これを聞いて、そんなこと、知っている、当たり前、と思われると思います。
しかし、この「相場とは、人の心が動かしている」ということを、普段のトレードで常に意識して、トレードされているでしょうか。
もし、「知っているだけ」であって、実際に使っている、活用している、ということが無ければ、それは、単なる「知識」であって、「知恵」に昇華されていない、と思います。

「相場とは、人の心が動かしている」、もう少し具体的に書きます。
人の心とは、「恐怖と欲望」です。
相場は、人の恐怖と欲望を飲み込んで、上へ下へ動いています。
ですから、チャートに現れるパターンというのは、常にこの恐怖の欲望の綱引きがパターンとなって現れているのです。
チャートパターンというのは、単なるパターンですから、パターンそのものには大した意味はありません。
その本質的な人の心という背景を常に意識していないと、単なる過去のパターン分析、となってしまい、失敗したとき、流れが変化したとき、例外が発生したときに、対応ができないのです。

ところが、何故、そういうパターンが発生するのか、どうして相場はこういう動きを繰り返すのか、の理解をしていると、常に変化する相場の動きに対応が可能で、また、日々変化する相場の動きが理解できるようになります。

また、人の心を読もうとするのですから、STCの14がいいのか、15がいいのか、RSIを組み合わせたらどうか、ということに大した意味がないということも理解できます。パラメーターいじりが本質から離れた数字上のお遊びだ、ということが見えるのです。

数年前、高等数学を相場に持ち込んで、相場を克服しようと大勢のNASAの技術者が鳴物入りでウオール街に移った、という記事をどこかで読みました。これで相場の動きを解明する、との触れ込みでした。
私は冷ややかな目でその記事を読んでいました。
相場の本質さえ理解していれば、NASAの高等数学でごちゃごちゃやって、それで答えが出るものかどうか、最初から目に見えています。彼らの試みはどうだったのでしょうか。少なくとも成功したという話は聞きません。彼らは知らぬ間に話題から消えていました。

上達のプロセスこそ秘訣 その7

2008/04/11 Fri

場が引けて、ちょっと散歩に出て、そしてブログを書く。今週は、これが日課になっています。自分の歩んだ道をこうやって整理してみる、というのは、結構当時のことが思い出されて、懐かしく、割と筆が進むものです。

久しぶりにFAIの掲示板を覗いて見ました。すると、掲示板が炎上していました。どうやらこの下げ相場を買いで我慢に我慢を重ねた上に今年になって投げた。それも師匠がお先に失礼、をやったようなのです。
確かに投資の責任は、自己責任ですが、師匠と弟子の世界というのは、それだけでは片付けられないものがあると思います。師匠の言うことは、絶対なのですから・・・また、絶対と思ってついていかないと身に付かないのが「腕」というものなのです。親方の背中を見て、技を盗め、必死でついていって覚える、そういう関係なんだろう、と思います。



さて、野川ブートキャンプ(以下ブートキャンプ)に新兵として入隊した私は、相場を舐めていた、というか、甘く見ていた、ということをいやというほど思い知らされることとなるのです。


皆さん、相場をプロが教えてくれる、ということがどういうことなのか、どういうことを想像しますか?
一度、考えてみてください。


実は、私は、入隊するまでは、「ちょっと美味しい手法、必勝法、秘密の戦略を教えてくれるのかなあ。プロだから簡単にポンポンと利益を取っていくところを見せてくれるんだろうなあ・・・。ザクザク金が儲かるようなノウハウを教えてくれるんだろうなあ。」などなど甘っちょろいことをちょっと期待していたものですから、えらいことになったのです。

ここで再び地獄を見ることになるとは、思いもしませんでした。これまでの自分を捨てて生まれ変わる。そういう決心すら甘い決心であったと思い知らされます。


この野川ブートキャンプでは、普通のブートキャンプとは違う手法がとられていました。
ブートキャンプなのですから、普通は、基礎訓練と練習を積んでから、実践訓練というのが手順でしょう。
しかしながら、このブートキャンプでは、いきなり新兵たちに、イラクへの実戦配備を命じたのです。つまり、理屈ではなくて、いきなり売買の実践に入りました。

前橋乾繭(まえばしかんけん)、東京小豆(とうきょうしょうず)というのが最初の戦場だったと思います。

そして、鬼軍曹の声が入ります。前橋乾繭が下がってきたので注意せよ。そして、しばらくして、安値を割ったので売り・・・突撃です。しかし、数日して、敵の反撃を食らって、損切り撤退・・・

あれ・・・あれあれ、どうして・・・売るつもりだったら、高値のうちに売っとけばいいのに、どうして、安値を待つんだろう。というより、この安値は絶好の買いポイントに見えるんですけど、ここで売るんですか????

次に、東京小豆が安値に来たので、売り・・・と、翌日、上がってきたのでまた損切り。またかい。また損切りかい。どうなってんの、これって。

という間もなく、昨日損切りした前橋乾繭が再び安値に接近中・・・抜けた・・・指令は「売り」、そして、また中に入った・・・指令は「損切り」。またかよーー、どうにかしてくれ。

お気楽に損切りとか書いていますが、商品先物のデイリー単位の取引ですから、全て万単位の損切りが出てきます。結構「痛い・・・」

と、次にまた前橋乾繭が安値で売りに・・・やっと落ちた、利益になった。あれ・・・利食わないんですか?そうですか、ええ!!さらに売り乗せですか、そうですか。と、数日後、敵の反撃が始まりました。反騰されて、また、損切り。これは、痛い。せっかくの利益がまた損です。

そうこうこういう売買が延々と続きました。そのうち胃が痛くなってきました。

一番こたえたのは、大豆だったと思います。上へ吹き上げたのをみて、買いとなりました。しかし、翌日に暴落。それを見て、指令は、買いの損切りとドテン売り攻撃!!げげっ、これは無理やろ。これはできんぞ。いくらなんでも・・・しかし・・・やると決めたんや、やるしかない・・・・
また、胃が痛くなってきました。


そもそも、それまでの私は、自慢じゃないですが、逆張りナンピンの林研究所出身で、オシレーター売買でも、生粋の逆張り育ちです。相場は下がったら買う、上がったら売る、2分割、3分割、一括手仕舞い、それこそが技術、投資の基本中の基本、その信念で10年以上売買してきました。

それが、真反対の売買、上がったら買う、下がったら売る、の繰り返しなのです。それも、最初からいきなりの損切りの嵐です。
これは、いくら自分を捨ててといっても、辛い、辛すぎる。そういう日々でした。

苦しくて苦しくて仕方がありません。実際の売買は止めて、シミュレーションで様子を見ようかと何度も思いました。恐らく同期の新兵の多くはシミュレーションで済ました人もいたと思います。
また、結果だけを求めて入隊した人たち、つまり、儲けさせてくれると思っていた人たちは、この時点で早くも脱走していったのでした。


とにもかくにも、プロというのは、特別な手法を持っていて、相場をバンバン当てて、神業のように利益を得るものだ、という私の淡い期待は、海のもずくと消えたのは、間違いありませんでした。

上達のプロセスこそ秘訣 その8

2008/04/13 Sun

「いまだ知りて行わざる者あらず。知りて行わざるは、ただこれいまだ知らざるなり。痛みを知るが如きも、必ずすでに自ら痛みて方に痛みを知る。寒を知るも、必ずすでに自らを寒ゆ。飢えを知るも、必ずすでに自ら餓う。知行如何ぞ分かち得開かん。
(そもそも知るということは、必ず行うということに結びつくのである。知っていながら行わないのは、まだ知っていないということだ。痛みを知るにしても、自分で体験して、はじめて知ることができるのである。また、寒さを知るにしても飢えを知るにしても、自分でそれを体験して、はじめて知ることができるのだ。どうして知と行を分けることができようか。これが知と行の本来のあり方であって、勝手に分断できないものである。)」知行合一(王陽明)


株式委託手数料の自由化は、1999年10月からです。それまでは、手数料として片道1%、税金1%で往復3%がコストとして重くのしかかっていました。つまり、1000円の株を1000株売買しただけで3万円以上のコストがかかるわけです。1000円で買って、1030円で売ったらやっとトントン、そこからが儲けです。1000円で買って、1000円で売ったら3万円の負け、3%の970円で損切りしたら、何と6万円の損。これが自由化以前の個人投資家の環境でした。1000円の株を1000株で10回売買したら、コストは何と30万円です。今、では、考えられないような環境でした。ということで、株式市場では、短期売買は、ほとんど不可能だったのです。
そこから見たら、今の環境は、短期売買にとっては本当に天国です。

また、多くの短期売買の投資の技術やテクニックの紹介が、この自由化と機を同じにアメリカから持ち込まれてきました。
そのメルクマークとなるのが、パンローリングのウイザードブックシリーズの第一弾である「魔術師リンダ・ラリーの短期売買入門」だと思います。これ以降、パンから次々に投資についての貴重な洋書が翻訳され出版されました。

私が野川ブートキャンプに入隊したのは、1996年、当時は、証券市場関係では、テクニカル分析、ということでさえ、怪しげなもの、というイメージしかなく、投資戦略といえば、証券会社の提供する投資レポートや投資雑誌を読んで、上がる銘柄探しによる投資、という方法だけがまともな投資として認知されていた時代でした。

テクニカル分析をまともな投資手法として、議論されていたのは、商品先物市場関係の本にしか見当たらなかった時代でした。しかし、その商品関係でさえ、テクニカル分析ということを投資戦略として昇華させていたようなものは、ほとんど見当たらない、というのが当時の事情です。


ブレイクアウトやトレンドフォローというのは、今ではちょっと勉強してきた人なら知っていることだと思います。
人の本能では、普通安くなれば買いたくなって、利益が出るとすぐに利食いたくなる、そういうものだと思いますので、順張り系の売買というのは、なかなか教えてもらわないとできないものだと思います。
また、高値で買うといっても、すっ高値で買うのは、得意でも、ちょうど抜けたきたところというのは、本能的には、これまでの高値になるわけですから結構買いにくいところなのです。

当初、ブートキャンプでやった手法は、ご推察の通りですが、20日間のブレイクアウトによるエントリーとそれに続くトレンドフォローの売買でした。ドンチャン、タートルズの売買です。
これには、実は、手数料という事情もあったのです。というのは、株式ほどではないにせよ、当時は、商品先物とて自由化されておらず、結構高い手数料に食われてしまう、という事情がありました。ですから、今ならできるような器用な短期売買的戦略は全く使えなかったのです。

そんな裏事情は、新兵の知るところにあらずで、この激しい中期のトレンドフォローの売買が続くこととなります。
当時、運が悪く、中期、長期のトレンドフォロー向けの理想的なトレンドがなかなか発生しなかったこともあり、利が乗ってきて、攻めてみても、なかなか利益を得ることが難しかった、時期でした。

また、野川軍曹が、いきなりブレイクだけでなく、乗せの技術というもう一段上の技術を見せてきたことにより、そしてその結果がなかなか伴わないことにより、新兵たちの精神的負担は、ピークに達していました。

こういう中で、前にも書きましたが、儲けさせてくれると思って入隊した人たち、結果だけを求めていた人たちは、失望して真っ先に脱走していきました。
また、ノウハウやテクニックを手っ取り早く教えてくれる、と思っていた人たちも同様だったのだと思います。

私は・・・というと、当初甘いことを考えていたのは事実ですし、苦しかったのですが、しかし、軍曹の考えていること、書いていることが余りにも相場の本質をついていることを思い、そして、何よりも、もう私にはこのキャンプにしがみ付く以外に帰るところがない、という状況の中で、何としても生き残ってやる、そういう決意で頑張ることとしました。

当時、教える側の野川軍曹とて、後述されていましたが、非常に迷いにあったようです。いきなり色んな技術を詰め込んでしまったために、受け入れる側の準備が全くできないままに、ストレスが溜まってしまった。こういう経験から、ブートキャンプは、新たな受け入れを中止して、残った新兵だけで、基礎から一歩一歩進めることとなるのです。

投資の技術というのは、本来は職人の腕、と同じです。

職人の腕を磨くのにどうしたらいいのか。どう答えますか。

料理の腕を磨くのに、フランス料理の料理本をどんどん読んで知識を蓄えること、に頑張りますか。
日本料理のレシピ本を暗記することに全精力を傾けることによって、料理の腕を磨こうと思うでしょうか。

しかし、相場の腕だけは、何故かしら、本を読んで磨こうと思う人があまりにも多いのです。そういう私もそうだったわけですから、偉そうなことは全然言えないのですが・・・

今では、色んな技術が本やセミナーで紹介されています。ほとんどのプロの技術が一般にレビューされているといってもいい状況です。しかし、その技術を、では実際に使える人、使いこなして儲けている人はどれだけいるのでしょうか。

色々勉強して、知識だけは、何でも知っている。

逆張り、ナンピン、トレンドフォロー、細かい短期売買の技術などなど・・・しかし、何もできない、あれもこれも中途半端にかじっている。

「知ってはいても、実行できない、それは知らないことと同じだ」・・これは「知行合一」という教えで、王陽明という中国の哲人が述べている思想です。

勉強ばかりして、知識だけは耳年増、エッチの知識ばかり蓄えても、女性の手も握ったこともない高校生のような・・・しかし、そういう情けない投資家が、当時の私だったのです。

順張り、ブレイクアウト、言葉では、知っていました。しかし、10年以上相場をやっていて、やったことなど一度も無かった、ということでした。それが辛くも自分の目の前に突きつけられたのでした。

上達のプロセスこそ秘訣 その9

2008/04/14 Mon

「学をなすにはすべからく本源あるべし。すべからく本源上より力を用い、漸漸に科(あな)を満たして進むべし。」
(学ぶにはまず根本を把握しなければならない。根本のところから出発して、努力を積み重ね、途中の窪みを1つ1つ満たしながら、じっくりと進むことだ。)」(王陽明)


相場というのは、本当に料理に似ているところがあると、つくづく思うことがあります。

「料理の腕」「相場の腕」

当然、腕利きの料理人には、料理の知識も豊富なわけですが、それ以上に、腕を磨くための修行を時間をかけて積んできているわけです。

前回も書きましたが、知識を蓄えるということと、腕を磨くこととは、全く違います。というより、同じと理解することの方がおかしいでしょう。

この2つの大きな違いに、知識というのは一気に蓄えることが可能でも、腕を磨くということには、時間がかかる、ということがあります。

日本料理をマスターするのに、いきなり完成品の料理を作りに行ったとしても、美味しい料理ができるはずがありません。

最初は、包丁の磨き方から始まって、だしの取り方、魚や野菜といったネタの目利き、など、基礎となる技術がなければ、いきなり料理の完成型を求めても、それは無理というものです。

包丁は、砥石でこうやって磨きます、というのは、知識としては、すぐに覚えられても、それがすぐに腕になるか、というとそれは時間をかけないと無理です。鰹と昆布でだしを取ります。まず水を沸かして・・・、ということを知識として覚えるのに大した時間はいらないでしょう。

ですから、料理人の修行を始めるには、最初は、基礎となるところから、下積みの修行が始まるわけです。こうやって一歩一歩進んでいくわけです。

相場とて、同じで、知識としては、「これまでの高値を上へ抜けたら買うのがブレイクアウトです。」と、覚えるのは1分もかかりません。上がっていくトレンドが出た後付のチャートを見て、「これを追いかけるのがトレンドフォローです。」と理解するのに1分もかからないでしょう。

しかし、それを腕として磨くにはとんでもない時間のかかる修行が待っているのです。

相場の上達を求める人は多いのですが、料理人と同じような下積みの苦労を嫌って、いきなり、トップの料理長になろうとしてはいないでしょうか。
料理をしたことがない人が、いきなり「総料理長」のポジションを狙う。いきなりチーフになれるがごとく考えてしまう。
料理本をちょっとかじったからといって、帝国ホテルの総料理長、嵐山吉兆の板前になれる、そんな考えの人は誰もいないでしょうが、何故か、相場では、技術を知っているからといって、もうすぐにでも利益が出る、そう思っている人が余りにも多いと思います。

プロとしての料理人の修行が厳しいものですから、多くの人は、「主婦のための簡単料理教室」に入ることになります。そこでは、最初から面白いフランス料理だとか、イタリア料理を学んで、また、日本料理の茶碗蒸しの簡単レシピ、だとか、面白く、楽しくやってくれます。

しかし・・・ベースが無いものですから、いつまで経っても「アマ」の世界から出る、ということは難しい、そういうことになってしまいます。

こういうことは、相場の世界では非常に一般的だと思います。特にすぐに答え、すなわち損益が出てしまうのが相場ですから、どうしても「答え、結果」のみを求めてしまって、「腕を磨くこと」には目が行かない状態、に陥ってはいないでしょうか。


さて、ブートキャンプでは、激しいトレンドフォローの売買から、基礎のブレイクアウトからの早めの利食いを中心としたトレーニングに軸足をずらし、基礎訓練をみっちりと積むことになります。

まず、ベース、基礎、基本をしっかりと作ってから、次のステップへ一段一段あがる、というスタイルが確立されてきたのは、当初のドタバタが収まって、再スタートを切ったところからでした。

これは、正に料理人の修行と同じステップとなります。一歩一歩上がっていくのです。
当初、軍曹が思っておられたのは1年ぐらいの期間だったようです。しかし、それでは、新兵が育つには、時間不足でした。バイステップになったことによって、ブートキャンプは、4年という、正に大学と同じ期間続くこととなったのです。


さて、この辛いブレイクアウトの修行でしたが、次第に見えるものがありました。
これは、本来、実際に同じような経験を積んで、自分で発見することが大切なのですが、ここでは、あっさりと書いてしまいます。あっさりと読む、というところには、非常に問題もあるのですが・・・

ブレイクアウトでの修行では、いいトレンドが出なかったこともあり、損切りが連発していました。ですから、損ばかりしている、相当な損が出ている、という感じだったのですが、損は、素早く切っているので、そう大したこともなく、その一方で、利食いは数は少ないけれど、そこそこの幅が取れたりするものですから、トータルでは、大した損にはなっていませんでした。

不思議な感触、というのは、こういうことをいうのでしょうか。損切りの回数が多いので、損ばかりしている、辛い、辛すぎる、そう感じつつも、実際の損は知れている。

これまでは、1回1回の売買に必勝祈願をして、これは絶対だ、これは来るぞ、これで損するはずは無い、ここしかない、と思いながら、とにかく、1戦必勝、勝ち抜きトーナメント戦での勝ち残りのようなスタイルで相場に臨んでいたのです。1回でも負けたら、もうその時点でアウト、大損決定です。何度も勝っていたのにもかかわらず、たった1回の損で死亡、そういう売買でした。

しかし、この時の売買は、明らかに質の違うものでした。やるべきポイントで買う、ダメだったら損切る、また、やるべきポイントで買う、ダメだったら損切る、実際に売買をしていると、だんだんとそういう売買に慣れてきたのです。

あれだけ苦しかった損切りも慣れというのは、恐ろしいものです。割とヘッチャラになってきました。

そうしているうちに気が付いたこと、それは、


もしかして・・・プロというのは、こういう一連の売買を通じて、トータルとして利益をひねり出すものではないのか!


ということでした。

前々回に、私は、「プロというのは、特別な手法を持っていて、相場をバンバン当てて、神業のように利益を得るものだ、という私の淡い期待は、海のもずくと消えたのは、間違いありませんでした。」と書きました。

もし、プロというものが、神通力や生まれながらな天才的相場観で、相場を取っているのであれば、もう私など凡才の出る幕などどこにもありません。

しかし、この一連の苦しい売買を通じて見えてきたことは、一方で、私に光を差すものでした。これなら、私にもやれるかもしれない、と思いました。


それまでの私は、1回1回の売買の勝った、負けた、にとにかく必死でした。1回でも負ければ、もうその日は憂鬱で、何故負けたんだ、どうしてだ、と考え込む日々でした。
ブートキャンプでも当初は、それは同じで、1回1回の負け、という事実が重く自分にのしかかってきて、離れませんでした。
負けないように入らないといけない、エントリーには慎重に。

逆に言うと、エントリーで勝率の高い必勝法さえ手に入れれば勝てるのだ、そういうロジックに走っていっていました。


しかし、実際のプロのトレードはその期待を完全に打ち砕くものだったのです。

1回1回のトレード結果というのは、プロでもアマでも勝ったり負けたり。そのたまたま入った1回の取引というものが勝てるのか、負けるのか、については、アマが勝つこともあれば、プロが負けることもある、全くもってランダムなものだったのです。

そんなものに必死になって、当たるかどうか、必死に考えていても、それには実は大した意味はありません。

損失を受け入れる、ということは、アマでも考えてはいることです。しかし、自分が入ろうと思っていたポイントで躊躇して入れなかったり、恐怖で身動きが取れなかったりするのは、この1回の取引で勝てるのかどうかを考えすぎてしまうところにあるのです。

「それぞれのトレードは、これからする1000のトレードの最初の1つだ」

というのは、新マーケットの魔術師のトム・バッソの言葉で、私がとてもお気に入りのフレーズです。


パチンコというギャンブルでは、玉を上のポケットに入れて、当たりを狙うものです。全ての玉を上のポケットに入れようといくら頑張ってみても、ほとんどの玉は下に流れてしまいます。パチンコをする人が、1発1発、これは入る玉か、どうか、いつ入るのか、などと考えているはずもありません。

また、1発の玉がチューリップに入らなかったからといって、いちいちしょげていては、パチンコなどやっていられません。

沢山打つうちの数十発に1つが、偶然に上のチューリップに入ればそれでいいのです。そして、1発1発の玉が、チューリップに入るかどうか、この結果は「ランダム」なものに過ぎません。たまたまその玉が入っただけで、そこに大した意味は無いのです。
また、その1つ前の玉が何故、入らずに下に落ちたのか、そんなことを考えても、何の意味もありません。

私は、この1つ1つのパチンコ玉、すなわち目の前のたった1回のトレードの勝ち負けに余りにもこだわりすぎていたのです。

また、ルーレットというゲームがあります。これは、「0」、「00」というのが当たりになったときには、そこに賭けていない限り親の総取りになってしまいます。玉が落ちるスポットは、この2つを入れて38個、当たりは36倍、赤黒は2倍、ということで、38分の36しか張り手には入ってきません。5.2%カジノ側が有利なわけです。
また、ブラックジャックではカジノ側が4.5%の優位性を持っているそうです。

ここで、カジノは、1回1回の賭けに対して、一喜一憂しているでしょうか。するはずがありません。1回1回の賭けの結果はあくまでランダムに過ぎませんが、何度もこれを繰り返せば、最終的には、数%の優位性があるカジノが勝つ、ということがあらかじめ決められているものなのです。

上達のプロセスこそ秘訣 その10

2008/04/27 Sun

「人はすべからく事上に在って磨かば、方に立ち得住まらん。方に能く静にもまた定まり、動にもまた定まらん。(人間というのは、日常の仕事のなかで自分を磨かなければならない。そうすれば、しっかりと自分を確立し、静時であろうと動中であろうと、いついかなる事態になっても、冷静に対処することができる。)」事上練磨(じじょうれんま)(王陽明)


風邪で体調を崩したことに加えて、PCが1台ダウンしたりして、そちらに気が散っている間に、この連載への集中が途切れてしまいました。

いつもご訪問いただいている少数の皆さんには申し訳ないことです。

一度インターバルを空けて、再度何を書こうとしているのかを考えてみました。ここでは、野川氏の手法を紹介しよう、というものではなくて、利益を出せなかった自分がどういうプロセスを辿って、利益を出せるようになったのか、というあくまでプロセスを紹介しようという企画です。

1年やそこらで億を稼いだ、と彗星のように出てきた才能あるデイトレーダーであれば、普通の人は何の参考にもならないかもしれませんが、努力してもなかなか利益が出せなかった普通の素人が、何故利益を出せるようになったのか、もしかしたら参考になるのでは、と思うところです。


私の主張は、相場は、手法ではなく、腕や技術で取るもの、ということです。
そして、その腕を磨くには、1000本ノックを受けることだと。体で受けることによって、見えてくるものだあるのだ、と。

しかし、腕や技術、プロセス、これを文章で表現する、という試みは、非常に書いていて難しい、と思いました。
というのは、実際にやってみないと本当は理解できないことを、体で感じるべきことを理屈としてアウトプットしようとしているからです。
林大先生の本は、どれもこれもとにかく「くどい」のですが、そういう理由からなのだ、ということが、自分でこうやってとにかく「くどい」文章を書いていてわかります。

現代というのは、とにかく「マニュアル社会」だと思います。ですから、相場の上達についても、ハウツー的、マニュアル的に安易に考えて、ノウハウとして受け取ってしまいがちでしょう。こう書く私は間違いなくそうでした。


ノウハウさえわかれば、手法さえわかれば勝てる、頭で理解すればいいことだ、と。


繰り返しになりますが、これは私の辿った道です。

一時的に上げ相場に乗って利益が出ても、すぐに吐き出すことになる。相場で利益を出すのは難しい、と思う。

負けると、別の手法を求めて、乗り換える。

ブログを探して、本を読んで・・・

トレンドフォローで失敗して、やっぱり逆張りか、本を読んだら新しい手法、戦略が載っていたのでそれを何回かやってみる。
しかし、それも結局は上手く行かずに、どうしていいかわからなくなる。

カリスマトレーダーのセミナーへ参加する。そうすると、○○戦略という手法を教えてくれた。
そこで、また、やってみるが・・・またまた損が出てしまう。
こんなやり方じゃあだめじゃないか、儲かる儲かるとか言ってって結局利益が出ないじゃないか。

カリスマの嘘つきめ!!

そして、また別の手法を探してあちこちのブログを漁って、毎日何時間も費やして、手法探しを・・・繰り返し、繰り返し・・・

「手法マニア」の辿る道です。そしてこれは、私の辿った道でした。

最後は、投資顧問のサポートに頼ったり・・・手法を転々としても、結局は、腕が無いわけですから、儲かるはずがないのですが、そうやってもがき苦しんでいる本人には、何故儲からないのか、自分の手法が悪いんだ、そういう結論しか見えては来ないのです。

思い込みとは、恐ろしいものです。手法が全てだと思い込んでいるのですから、これをひっくり返すことなど天変地異が起こってもできません。


この「手法マニア」をやめて、手法探しをしているものすごい時間を「腕」磨くための時間にちょっとでもシフトさえすれば・・・実践練習とチャートを読む時間に充てれば、そういうことなのです。


ばんさん、という方が、リズム取り、を練習されておられるのをブログに書いておられます。
http://blogs.yahoo.co.jp/b_a_n_1000/MYBLOG/yblog.html
リズム取り、というのは、林大先生の著作で紹介されている手法ですが、これなど、頭で理解するのに10分とかかりません。また、本でいくらでも紹介されているのですから、誰でもが手法を読むことができます。

しかし、これを実行し、利益の出せる人は、1000人中1人なんでしょう。何故なら、こういう売買は、利益がなかなか伴なわない苦しい練習期間が年単位で続くからです。こういう期間にほとんどの人は耐えることができません。

手法マニアならば、数回売買やってみて、利益が出ないので、すぐにやめて別の手法を探すことでしょう。

ばんさんは、こうやって地味に練習売買を積み重ねながら上達への道を何年もかけて登られているんだなあ、とたまに訪問して感慨深く思うところです。

手法マニアを中心にして、相場を始めて、理屈さえ理解できれば、勉強さえしていれば、いきなり利益が出る・・・そのように過去の私も含めて、ほとんどの人がそう思っているわけですから、そう思っているのであればあるほど、苦しい修行期間、練習期間に耐えられなくて、相場からは脱落してしまいます。


あるデイトレーダーは、「損の経験を積み重ねないと勝てるようにはならないよ。」という表現をしていました。私も諸手を挙げて賛同します。



さて、そうは言っても、野川氏の手法に興味があるんだろうな、とは思いますが、話の中心はあくまで「プロセス」だということをお考えください。

野川ブートキャンプは、4年に及ぶものです。これは、相当長期間にわたるものだということはおわかりでしょう。

ここまでで、最初の数ヶ月の出来事を書いて見ましたが、手法に興味がある方は、野川手法とは、トレンドフォローだったんだ・・・とお思いかもしれませんが、それは、単なる入り口の練習メニューでしかありません。
いわゆるブートキャンプで言うところの、腕立て伏せとか、走りこみ、のようなものでしょうか。

当初は、ブレイクアウトの修行が続いたわけですが、このブレイクアウトの修行が辛い・・・つまり、損切りが多発することを嫌気して、実際の売買をシミュレーションにして、買ったつもり、売ったつもり、にした人たち。恐らく、途中でついていけなくなったのだと思います。

おわかりのように、つもり売買、すなわち机上の空論、では、売買は身に付かないのです。
作業が面倒だからといって、包丁を磨いたつもり、だしを取ったつもり、テレビの料理番組を見て、料理を作ったつもり・・・これで料理が上手くなるはずがありません。

シミュレーションをしていた人は、プロの売買の本質的なところ、トータルで勝つ、というポイントなどが、言葉では理解できても、実感として見えなかったのではないかと思います。

軍曹も、意図して、自分で考えられるように、自ら気づきがあるように、バイステップでブートキャンプを進めていたんだ、と後から振り返ればわかるところもあります。

軍曹は、後にこう言われました。

「最初は、トレードの本質、基本を体で理解していただくために、あえて不器用な単純ブレイクアウトを繰り返し繰り返しやってもらいました・・」

あっさりと答えを教えてもらったこと、というのは、意外と身につかないものです。

私がこうやって書いていて、思うことは、これを読んだ人というのは、答えをあっさりと書いているがゆえに、おそらく、身に付く前に知識としてのみ頭に入って、そのうち時間が経過すると忘却の彼方に忘れ去られることになるのでしょう。

情報商材の宣伝を読んでいると、「投資にとって必要な○○○○に気が付いた。」「相場で儲ける秘訣、それは○○の法則だったのだ。」とか書いています。何万円も出して買ってみれば、それが実に基本的なことを言っているだけだ、ということに驚くでしょう。

このあらかじめ決められているという法則が・・・○○の法則というものです。

なんて、書いて見ましたが、システムの人には基本中の基本の「大数の法則(たいすうのほうそく)」ですが、前回書いたことは、一言でいうとそういうことです。

ただ、実トレードにおいて、どう考えて取り込むのか、理屈だけ知っていても、いつも書いているように、意味がありません。法則の理解とともに、実践での活用こそがポイントなのですから・・・

大数の法則とは、ある試行を何回も行えば、確率は一定値に近づくという法則で、サイコロでも何でも、最初は偏りがあっても、奇数と偶数の出目は、数多く振れば振るほど50%に近づくというものです。カジノは、この大数の法則によって成り立っている商売なのですが、トレードとて、この法則には逆らえないですし、これを効率よく生かすことが、プロのトレードだと言えるでしょう。


トレードにおいて、1回1回のランダムを完全に受け入れること、そして、トータルで勝てる戦略を淡々と実行すること


では、1回1回のトレードがランダムなのもわかった。トータルで利益を出す、というのがプロの売買だということもわかった。でも、ではどうやってトータルで勝てる戦略、カジノ的優位性を見つけるのか。

野川軍曹は、言います。

「○○○を用いろ!!」「相場の○○を知ることによってそれはわかる」

と。

いよいよ、興味深深であろう投資戦略の話となってきましたね。

これを読んで、興味深深の人は・・・間違いなく「手法マニア」の資格充分です!!

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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

Twitter:
@aranami718

旧ブログ:

あらなみの相場技術研究所

あらなみのトレード水先案内人

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