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上達のプロセスこそ秘訣 その1

2008/03/22 Sat

春分の日は、子供のピアノの発表会でした。
幼稚園から習っているので、もう4年目になります。

1年1年と日ごろから練習を繰り返して、着実に上達している姿を見るのは、親としては嬉しいものです。
最初は、急激に上達し、初めて1年でこれだけ弾けるように、というところから、2年目、3年目となり、今年で4年目、段々と上達しているのはわかるものの、そのスピードは鈍っているようにも見えます。
ここで、本人としては、段々とやる気を無くす局面かもしれない、と思います。
しかし、これを乗り超えて中学生、高校生と日々練習に励めば、ショパンの幻想即興曲などをすらすらと弾けるようになるのでしょう。

さて、何故、こういう話をしたのかというと、私が相場で生活していると聞くと、よく私が聞かれることがあるのです。

それは・・・

「(手っ取り早く)相場で儲ける方法を教えてください。」

うーん、何と言う単刀直入な質問なんだろう・・・

おそらく、相場で利益を上げている人は、皆この質問に結構絶句することだと思います。

何故なのかといいますと・・

この質問の裏には、次のような考え方があるからなのです。

つまり・・・相場は手品のようなものであって、その種明かしができた人が手品師として相場で利益を得ることが出来る人なのだ、と。

種さえわかれば、相場で勝てるようになる!!

だから、相場で勝っている種を明かしてくれ!!

そもそも、そういう考え方を正さないと相場で勝つことは非常に難しいのに、その考え方に則って、相場のノウハウ探し、必勝法探しをやることが相場で勝てることへの近道と考えている人があまりにも多いのだと思います。

だから、高い情報商材や意味の無い罫線必勝法に引っかかってしまう人が後を絶たないのでしょう。

そして、そういう人は、何度騙しに引っかかっても、宝探しこそが相場必勝の道と考えているのだから、また次の宝箱を探す旅に出てしまいます。

あちこちのブログを探し回るのも、その現れだと思うのです。

さっきの宝箱は、空箱だっただけなのだ、と・・・


では、どうやって相場に勝てばいいのだろうか。


それは、前から書いているように、相場は「職人の世界だ」ということが私辿った道でした。

相場は、腕と技術で取るもの。継続して利益を出すには、腕を上げること、だ・・・


さて、最初のピアノの話。

ピアノは、コツがあってそれがわかれば、上手くなるものだと思う人など一人もいないでしょう。

毎日毎日練習を続けて、1日1日技術、腕を上げていく・・それがピアノの上達なのです。王道などありません。


しかし、相場では、そう思わない人が圧倒的・・・

「(手っ取り早く)ピアノが上達する方法を教えてください。」

「ショパンの幻想即興曲がすぐに弾ける方法を教えてください。」

こんな質問が来たら、ピアノを弾ける人はどう答えたらいいのだろうか。


私は、相場は売買技術で取るものだと思っているので、ピアノの上達と同じ道が必要と考えています。

当然、別の意見もあると思います。
相場は、手品のようなものだ。種があるのだ、必勝法があるのだ、と。

この基本的な相場で取るということに対する考え方は、入り口で、致命的な回り道となる可能性があります。

努力の方向が完全に間違ってしまっているので、幾ら懸命に(必勝法探しの旅をしても)努力しても、いつまでたっても利益を出せるようにならない、という危険性をはらんでいるのです。

必勝法を探して探して、儲けられるようになる人も中にはいるかもしれません。
彼らは、その探している期間に色々と売買をする間に、知らぬ間に売買を続けることによって「腕を上げる」ことができた人たちなのかもしれません。

しかし、必勝法探しの時間を、腕を上げることにもっと集中すればもっと早く利益をだすことが出来たはずなのではないでしょうか。


一方で、・・・ピアノと相場については、全く違うところがあります。

それは、ピアノでは、上達のノウハウ、技術の習得に関する練習ノウハウが確立されている、ということなのです。

これは、実は、腕を上げる、ということにおいては、物凄いことなのです。

ピアノでは、バイエルから始まって、教則本があり、それをマスターしたピアノの先生から技術を教わって、悪いところを教えてもらって、何年も何年もかかって、技術をマスターしていくのです。

何年も時間はかかるけれど、そのプログラムに従って、練習を積めば、確実にピアノの技術は上達します。

想像してみてください。
もし、そういうプログラム無しに、ピアノだけを与えられて、適当に弾いていきながら自己流でピアノが上達できるか、といえば、相当疑問があるのではないでしょうか。

というより、少なくとも凡人には、ほぼ不可能でしょう。

よほど、自分でものを考えられる人が、自己抑制しながら、懸命に努力して努力して、時間をかけて、それでも到達できるかどうか、というところでしょう。

さて、振り返って、相場の世界では、どうでしょうか。

実は、その上達ノウハウというものが、全く確立されていません。
というより、その上達ノウハウそのものが秘訣として、一子相伝的に伏せられている、という感さえあります。

だから、相場においては、自己流のピアノのように、どうやって上達していったらいいのか、それがわからないまま、ゾンビのようにあちこちをさまよって、ああでもない、こうでもない、あれも失敗、これも失敗、とただうろうろとしているだけで、時間だけが空しく過ぎていく、そういう人が多いののうなずけるのです。

ちょっと儲けることはあるでしょう。しかし、それが、腕で上げた必然的利益かというとそうではなくて、残念ながら、ほとんどのケースは、

「たまたま上げ相場に乗っただけ。」

「たまたま読みがあたっただけ。」

なのでしょう。

実は、相場を難しくしている大きな原因がこの「まぐれ当たり」を「実力」と見分けるのが非常に難しいということなのです。

実力が無い人に限って、まぐれ当たりを実力と思う傾向が強い、のだと思います。

そういう人の化けの皮は、相場で逆風が吹いたときに、脆くも、すぐに剥がれてしまいます。

相場は、厳しいものです。

まぐれ当たりなど、続くはずもありません。

しかし、実力と勘違いした人は、そのままの売買を続けて、破綻してしまいます。

こうして、相場の厳しい洗礼を受けるのです。


さて、相場の荒波の中で、何とか毎年利益を積み上げられるようになった人、プロとして独立できた人、その道筋は色々とあったのだろうと思うのですが、それぞれがどのような道を歩んだのでしょうか。

これだけ儲かりました。これを売買しました、というのは、結果であって原因ではありません。

先ほども書いたように、上達の道筋そのものがノウハウ、秘訣、必勝法だと思うのです。

人のことは、私にもわからないことですが、自分自身のことなら、当然わかっていることです。

何故、勝てるようになったのか。

どういうプロセスで相場の腕、技術を習得していったのか。

どうして、こうやって相場の利益だけで暮らしているのか。

長々と、ここまでは、前置きになったようですが、これから相場人となりたい、相場で飯を食っていきたい、そういう熱意と希望を持っている人のために、ここのところの「必勝法」を書いていきたい、と思っています。

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上達のプロセスこそ秘訣 その2

2008/04/06 Sun

前回書いてから瞬く間に2週間が経ってしまいました。
どう書いていこうかと考えているとちょっと重くなってしまって・・・

少しずつ書いていこうとは思いますが、ただ、全部を書くと本になってしまうほどの量になるので、ポイントだけをかいつまんでということで書こうと思います。

前回、相場を手品かなにかと勘違いしている、と書いたものの、よくよく考えてみると、手品というのも、実は、種を知っただけで、それで観客の前ですぐに手品師になれる、というものではない、ということを思うと、やはり手品とて、種を知って、それを何度も何度も練習して、腕を上げる必要がある、ということだった、と自分で書いておいて、間違いがあった、思いました。

そういえば、ある手品師の話ですが、手品の種というのは、自分で考えることもあるのですが、手品師同士で売買するものだそうです。種の値段というのは、種にもよりますが、この技は60万円とか、この技は100万円とか・・・結局、色んな種を買うのに相当な金額を投じている、というようなことを言っていました。

もしかしたら、相場と手品は似ているのかも・・・手品には、種と腕が、相場には、手法と腕が、それぞれ両方があってこそ利益が出せる、という性質のものだからです。

ということは、相場で、手法だけを求める心理を例えるのに、どう表現していいのか、クイズ、問題の答えを求める、というようなものだろう、と思うところです。

これなら、相場に答えというのがあって、その答えさえわかれば、利益が出せる、その答えというのは、手法、ということなんでしょう。
しかし、手法というものを幾ら知っていても、腕がなければ相場は取れないのです。


ということでそろそろ、プロセスの話を・・・私が相場を始めたのは、大学に入ってしばらくしてからだったと思います。1980年頃です。
このころは、まだ何もわかっていなかったのですが、無手勝流で何となく逆張りをしていました。勉強熱心だったので、色んな相場本を大学生という暇人の立場を利用して、片っ端から読んでいました。本から勉強して、知識を蓄えようとしたのです。

そうこうして、1年か2年たったころに、1冊の本との出会いが大きく自分を変えることになります。というか、「なるはず」でした。

脱アマ相場必勝法・・1982年(昭和57年)が初版ということらしいですが、相場に興味を持ったものの、どうでもいいようなガラクタの本ばかりが目立つ相場の本を読んで必死で勉強していたころに、本当に目から鱗、というのか、天地がひっくり返ったというのか、衝撃的な思いで、この本にめぐり合いました。

林輝太郎大先生との出会いでした。

相場とは、予測ではなく技術で取るものだ、という林大先生の考え方

どうやって、予測の精度を上げようかと考えていながらも、その考え方に疑問を持っていた私にとっては、本当に衝撃的な一冊となりました。
評論家ではない。本物に出会えた瞬間でした。

私は、その後、林研究所で売られていたコピーなど全てを買いあさって、朝から晩まで必死で勉強しました。中源線という当時では珍しいシステムの本が5万円しましたが、それも含めて、それ以外にもコピーなど1万円とか、合計20万円近く本を買ったと思います。

ところが・・・私は、せっかく林先生との出会いを果たしながら、今思えば、大失敗をしているのです。

それは、何かというと、本を読んで必死で勉強をして、林研究所で出している本を片っ端から読み、相場技術の知識をどんどんと蓄えてはいたのですが、知識を蓄えながら、実践の練習や、そこに書いてあった練習方法を知識として蓄えていっただけで、実際には、ほとんど練習はしなかったのです。
頭で理解して、わかったつもりでいたのです。

これは、スキーの教則本を必死で読みながら、ゲレンデへ出ての練習はほとんどしなかった、というようなもので、とんでもない本末転倒のことをやってしまっていました。

林研究所の本による知識は、単なる知識として封印してしまったのでした。

しかし、一方で、相場の売買は順調でした。

では、当時何をやっていたのか、というと、このころにテクニカル分析に目覚めた私は、あらゆる分析ができるソフトを当時100万円以上で手に入れて、とにかくテクニカル分析によって利益を得ようと必死になっていました。

売買の技術や腕を磨くというところの近くまで行っていながら、そこから離れて、テクニカル、手法の世界へひた走ったのでした・・・・

このころは、日足というよりも、週足が分析の中心でしたので、私もそれに乗って、週足の分析により、あらゆるオシレーターを組み合わせて、必勝法を作ろうと必死でもがいていました。当時のPCは、NECのPC9801というPCで1セット50万円ぐらいするものです。

こういう中で、オシレータ(いわゆるRSIとかSTCなど)を使って数ヶ月の押し目を買って、戻りを売る、というところへ手法は落ち着いていました。

これは、後から考えると、林研究所のいわゆる「うねり取り」という手法を使っていたというだけのことだったわけですが・・・

こうして売買を繰り返すうちに学生の数十万円の資金は、数年して気が付くと数千万円の規模になっていました。やっていたことは、2~3ヶ月の押し目を買って、戻りを売っていただけのことです。

20代の若者でした。自分は、これで相場で食っていける、そう思う日々でした。

しかし・・・このころの相場は、ブラックマンデーを経て、上げ相場が続いており、いわゆる昭和のバブル相場の真っ最中だったのです。しかし、やっている本人は、相場の腕を上げたと勘違い・・したとしても経験がない若者なのですから、仕方がなかったでしょう。

とは言いつつ、バブルの末期に空売りに転じて、何度も小さな損を出していた私は、1989年の暴落初期には、ノーポジの望むことができました。初期の暴落を回避できたのですから、もう天才気分でした。

しかし、半年の暴落を待って、ここぞとばかりに全力買い出動、それもワラントというハイリスク商品を全力買いした私は、フセインのイラク進行による第二次暴落によって、全てを失うことになるのです。

そう・・・たまたま上げ相場に乗れる、ということは誰にでも訪れる幸運です。しかし、それを自分の実力と勘違いしてしまうことによって、悲劇は訪れるのです。

腕がなければ、攻めることはできても、資金を守るということはできないのです。

一昨年の新興株上げ相場に乗って出て来た1億円プレイヤー達のその後を見ていると、この自分の経験がだぶるところでした・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その3

2008/04/07 Mon

人というのは、ともすると独善的になりがちです。自分がこうと思ったことこそが全てで、他は間違いである、そう思い込んでしまうことがよくあります。

日足ベースでの逆張りを書いているあるブログを読んでいると、「デイトレードなんかで儲かるはずがない。最後は必ず失敗するんだ。」と断言していました。

そして、分割と逆張りだけが相場で取れる道だ、技術だ、と断言するのです。
確かに、それだけ自信がおありなんでしょう。そう思い込むことで、自信を持ってトレードもできるし、周りに惑わされずに済むのかもしれません。

しかし、実際には、どうなんでしょう。

私は、相場という山に登る道には、いくつものルートが存在する、と思っています。というか、そう考えるのが当たり前だと思うのです。

私自身は、デイトレードという、宵越しの株は持たねえ、そんなリスクは取りたくない、という方法で生活してきていますが、そうだからといって、スイングトレードは危ない、とか、デイトレこそが王道、とか言うつもりは毛頭ありません。

たまたま、こういう短期売買が自分に合っていた、ということだけなんだろうと思うのです。

ごくたまにスイングしてみることもありますが(デイトレの延長ではなくて別トレードとして)なかなか儲けるのは難しいなあ、と思うこのごろです。
しかし、自分が、なかなか儲けられないから、といって、「スイングでは儲けられない」と言うつもりはありません。というより、「自分には、スイングで儲ける腕がないんだ」ということなんでしょう。

何故、こんなことを書くのか、というと、前回書いたことも含めてですが、これは、私が歩んだ道であって、もし、もっと突き詰めてやっていれば、答えが見つかったことかもしれないし、自分が答えを見つけられなかったからといって、否定している、ということではない、と読んでいただきたいからなのです。


という前提で、続きですが、オシレーターの話です。

ちなみにオシレーターというのは、チャートの下に出る指数のこと全般を指す言葉で、具体的には、オシレーターとは、乖離率、RSI,RCI、STCなどの指数全般を指します。

私のオシレーターとの戦いは、1984年ごろから1996年まで続くこととなります。この間の12年間、寝食を忘れて没頭したこともしばしばでした。とにかく、オシレーターで必勝法を開発することこそ、相場で勝つ道だと信じて疑わなかった私は、たまたま最初のころにバブル相場に乗って儲けられたことも災いして、この道から抜けられなくなってしまいました。

具体的に何をやっていたのかというと、例えば、STCに注目したら、その周期を調整し、過去にどれだけ儲けられたのか、-20以下で買って80以上で売って、そのだましは、RSIでフィルターをかけて、と簡単に書けば、こうやって色々と組み合わせて答えを見つけようとしたわけです。
今で言うところの「システムトレード」の走りです。

しかし・・・この12年間でやっていたことを専門用語で言うと、単なる「過剰最適化」でした。うーん、なんと一言で終ってしまいます。
しかし、当時、そんな知識も無かった自分としては、幾ら頑張って最適な指数を組み合わせを作っても、実践すると「損」というこの繰り返しが空しく待っているだけだったのです。

シミュレーションでは、あんなに儲かっていたはずだったのに、勝率90%のはずなのに・・・

今の人は、幸運だと思います。こういう知識もちょっと本を読めば、幾らでも紹介されていますし、PCも高性能ですから、当時で1昼夜かかったような検証や検索も数分でできてしまいます。

バブル崩壊で、ワラントで大損して以降も、相場には手を出していたのですが、毎年毎年、年を終えてみれば「赤字」でした。

ちなみに、フセインのイラク進行でとどめをさされたのですが、ではフセインがイラクに侵攻していなかったらどうなっていたのか、というと、やはり別の損をしていたのでしょう。
きちんと不意打ちを食らっても大丈夫なようなリスク管理ができていないのですから、フセインでなくても、別の何かで損をしていたでしょう。当時は、そんなこともわかりませんでした。

よく、ライブドアショックが原因で損をした、というような言い方をしますが、ショック安というのは、いつの時代でも相場にはつきものなのです。たまたまライブドアショックとなっただけで、もし、そこで大損するようなポジショニング、リスク管理をしていたのであれば、いずれ別のショック安で損しているだけだと私は思います。


さて、必死で相場の研究をして、働いて貯めた金を相場につぎ込む、しかし、その金は次々に消えていく、そういう日々を過ごしていました。

そうやって負け続けていながらも、「いつか、相場で勝ってやる、自分は相場で勝てるようになる」そう思って、必死で頑張っていました。

しかし・・・そういう努力は、一向に目を出す気配すらなかったのです。1994~1996年頃は、もう相場から離れることも多くなったような気がします。もうダメなのかもしれない、そういう気持ちになっていました。

今、考えれば思い込みとは恐いものです。オシレーターを絶対視して、これを克服することが、相場で儲けられる道だ、と思い込んでいたのですから、頭がここから離れなくなってしまっていました。

相場で儲けること=オシレーターで必勝法を開発すること、となっていたのです。

オシレーターが悪いわけではないのです。ただ、私のオシレーターに対する考え方が完全に間違っていたのです。
当時、私は、テクニカル分析の最も大切なことを完全に無視して、最適化ばかりしていたのですから・・・

最初に書きましたが、独善と思い込み、というのは、人間やりがちではありますが、どれだけの損失をこれによって被ることがあるのか、と考えるとそら恐ろしくなることさえあります。

当時は株式の手数料が高かったので、商品先物にも手を出していました。当時唯一儲けが出ていたのは、大阪ゴム指数先物でボラティリティブレイクアウトという手法を使った売買だったと記憶していますが、そういう利益も、株の損失で消えていっていました。

最初のころに出会っていた林研究所のFAIや立花さんの名著「あなたも株のプロになれる」・・・この本はボロボロになるまで読んだ本だったのですが、これらをしっかりやっていれば・・・と今思えばというところですが、PCを利用してテクニカル分析をする、ということに比べれば、手書きのチャートや手書きの場帳など、いかにももっさりしてと感じていました。結局は、ちょっとかじった程度に終ってしまいました。

もっさりした手書きチャートより、PCで出てくる指数に魅力を感じていたのです。

といって、当時、手書きのチャート、月足、日足、場帳などちょこちょこと何ヶ月か書いては見たものの、本に書いてあるような変動感覚や相場観、こつんとした当たり、などなどは全然わかりませんでした。

というより、数ヶ月ちょっと手を出してわかるようなもんじゃない、と怒られそうですが、そういうことだったんでしょう。技というものがそうそう簡単には覚えられるほど相場は甘くはなかったのです。

さて、短期売買に興味を持った私は、当時、株では手数料が抜けないので、商品先物に傾倒していくことになります。

これが、幸いしたのでした・・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その4

2008/04/08 Tue

ちょっと戻って、前回に引き続き、オシレーターの話とその後を追加しておきます。

「過剰最適化」という話をしました。これは、私が嵌ったトラップですが、オシレーターがどうこうという前に、この過剰最適化は、オシレーターの使い方としては、非常にまずいと思います。
このトラップにはまり込んで無間地獄に入ってしまった人は、私の周りにも大勢いますが、皆討ち死にしました。
この過剰最適化については、システムの本にも多く載っていますし、グーグルで検索してもらえれば多くヒットします。キーワードは、「最適化の罠」「過剰最適化」「カーブフィッティング」です。
http://www.kabuguide.com/040819194251.html
ここが端的にわかりやすく解説してくれています。ここに「ひとつのことに集中して取り組むことの出来る人や、理系的な計算・演算の処理が得意な人ほど陥りやすい罠でもあります。」と書かれていましたので、思わず・・あ、自分のことや!!と思ってしまいました。

オシレーターというのは、道具です。道具を使いこなすのは、人です。ですから、道具を使えなかったからといって、道具の使い方が悪かったからといって、道具が悪い、というのは、客観的な目線ではないのでしょう。
私は、オシレーターという道具の使い方が何年たってもわからなかったのです。
さすがに2年、3年と幾ら努力しても利益がでなければ、「このやり方ではまずいんじゃないか・・」というところまではわかります。しかし、その先へは進まなくなっていました。
こういうやり方では、どうやら利益は出ない、しかし、ではどうやったらいいのか・・・わからない。



そこで、最適化ではなく、何か必勝法はないのだろうか、と、今度は必勝法を探す旅に出たのです。

勝てる売買法を探すことが、相場で勝つ道である

というロジックです。

具体的には、今で言う情報商材をいろいろと買ってみました。○○罫線法、○○憲法、などなど、かなり高額なもので、いかにも凄そうなものを色々と手に入れました。

20万円もする○○罫線法・・・手に入ったのは、どうとでも解釈できるような線を後付けであっちこっちに引いて、当たった当たったというものでした。
また、「この売買法で瞬く間に1億円が・・」という宣伝文句に乗せられて必勝法を買ってみたら、「無限にナンピンせよ!」だったり、オシレーターの当たったところだけを取り出した偽者だったりと、冗談のようなものばかりで、藁をもすがる思いを踏みにじられてばかりだったのです。

しかし、常識的に考えて、1億円儲ける方法が3万円で売っていると考える方がどうかしているし、ネット上を幾ら探し回ったとて、1億円を儲ける方法教えます、なんてところは見当たらないでしょうし、あればそれは基本的には詐欺まがいのサイトでしょう。

こうして、必勝法探しの旅も、無駄な労力と、多額の資金をつぎ込んで犬死にとなりました。

必勝法トラップにどっぷりと嵌ってしまっていました。

ということで、1994年~1996年ごろには、まさに「どつぼにはまる」状態というのでしょうか、情熱も失せかけていたころだったと思います。

儲けられない話などどうでもいいから、とお思いかもしれませんが、これは、大いなる反面教師にしていただきたいと思い、こういう失敗談をクドクドと書いています。
私見では、こういうところで足踏みしている人が結構多いのでは、と思い、あえて「恥」の部分を書くことにしました。

投資関係のサイトやブログをあちらこちら探し回って、投資のヒント、戦略、が無いかを必死で探し回る、という行為にどっぷりとつかる、というようなことはないでしょうか。

実際に売買を実践したり、チャートを分析したり、ということをなおざりにしてまで、ネットの情報を探しまわることに時間を割いてはいないでしょうか。

最近では、特にFX関係のこの手のサイトが増えているようです。平均足と移動平均を組み合わせて使うもの、とか、新手のものもあり一見よさそうなのですが、どうして、そんな素晴らしいシステムを自分で売買せずに人に売らなくてはいけないのか・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その5

2008/04/09 Wed

失敗談を書くことによって、気がついてもらいたい・・それは、繰り返しになりますが、人というのは、ともすると独善的になりがちです。自分がこうと思ったことこそが全てで、他は間違いである、そう思い込んでしまうことがよくある、ということです。

私が回り道をしていたことも、当時は全て、これが勝てる方法である、そう思いこんでいたわけです。

今、一度振り返ってみてもらいたいのは、

「今、自分が勝てる、と思ってやっていることは、もしかしたら間違いではないだろうか。」

「今、もう1つ勝ちきれていないのは、下手だとか、努力が足りないということではなくて、やっていることそのものが間違いではないだろうか。」

ということです。

林輝太郎氏の本には、「正しいレールに乗る」という表現がしばしば出てきます。
儲けるための投資の勉強、上達のステップというのは、最初に書いたように、本当に無数のルートが存在します。(逆張りしかない、という人もいますが・・)
しかし、それと並行して山頂にはたどり着けないルートもそれ以上に存在するのです。
そのルートに乗ってしまうと、正しくないレールに乗って、無駄な努力を続ける、ということになってしまいます。
さらに問題なのは、この正しくないルートほど、きらびやかで華やいで見えるものなので、ついついそのレールに乗ってしまうのです。
私は、この正しくないレールに何度も何度も乗ってしまったために、本当に時間と労力を無駄に過ごしてしまいました。
これを他山の石にしていただければと思うところです。
正しいレールに乗って、正しい努力さえ続ければ、誰にでも、山頂に到達できるはずです。
上達の道筋こそノウハウというのはそういうことです。

よく、相場のセンスが必要とか、天性のものが必要とか、デイトレをやるには、本能的な相場師としての感性が大切、とか言いますが、もし、そういうものが必要なのなら、私は未だにサラリーマンでしょう。
私自身は、相場観もありませんし、本質的には付和雷同する一大衆です。
いつも高値になったら上がりそうに思えるし、暴落したら売りかなあ、と思うヘタレです。まさに大衆投資家とは自分のことか、と思うところです。
また、よく相場の上手い人は、将棋や麻雀などの勝負事に強い、と書かれているのを見ますが、私は、将棋、オセロは下手ですし、麻雀は、子供にも負けます。

私が人に自慢できるとすれば、(何度叩かれても)諦めないで頑張れる、とか、夢中で熱中できる、とか、そういうところだろうと思います。

しかし、幾ら努力しても、努力の方向が間違っていたら、頂上にはたどり着けないのです。



では、どうやって「正しいレール」に乗ればいいのか。

当時、私は、自分で考えて考えて、死ぬほど考えて、努力して、そして・・・相場の無間地獄に嵌っていました。

もはや自力では脱出困難な状態だったのです。

ここで、ちょっとだけ回り道ですが、人類の進歩の歴史というのは、全ては先人の辿った足取りを踏襲するところから始まっています。生まれたての赤ん坊は、生まれたところから、成人になるまで、人類の歴史が辿った進化の歴史を「勉強」という形でプログラムしてもらい、一人前になるのです。

もし、赤ん坊が、この進化の歴史のプログラム無しに「自分で考えて」成人としてやっていけるようになるか、というと、これはありえないことです。人に教えてもらわないと、言葉一つ喋ることは不可能です。

この連載の最初に、ピアノの上達には、上達のノウハウ、技術の習得に関する練習ノウハウが確立されている、と書きました。

しかし、一方で、相場においては、無数のまがい物のレールがあり、正しいレールを見分けることが非常に困難なのです。果たして、その正しいレールはどうすれば見分けることができるのか。

登ったことがないのですから、自分で判断するのは非常に困難でしょう。結局、何度も行ったり来たりの繰り返しになってしまいます。

しかし、既にその正しいレールで頂上に立った人ならどうなのでしょう。自分の登ったルートは正しいということを知っているのは明らかです。

つまり、既に頂上にいる人からルートを教えてもらう、ということが必要になる、ということで、当時の私がそうでした。誰かに助けてもらわないと、どうにもならない状態でした。
投資で成功した人、相場で利益を得られるようになった人が辿った道を教えてもらう、ということです。

しかし、一方で、世間では、相場で利益を得ている、と言いながら、ウソやまがい物が満ち溢れています。何が本当で何が本当でないのか、選別は非常に困難を極めるのが現状でしょう。

また、相場のノウハウというのは、一子相伝的色合いが濃いものです。なぜなら、相場そのものが金の奪い合いである以上、相場のノウハウが広まることは、そのノウハウの死に直結するものだからであり、ここが相場の正しいレールを隠す要因になっているのだと思います。

ライバルとなるプロの投資家は一人でも少ない方がいいわけで、一方で、カモになってくれる大衆投資家は幾らいても多すぎるということはないのです。



さて、前々回、「短期売買に興味を持った私は、当時、株では手数料が抜けないので、商品先物に傾倒していくことになります。これが幸いしたのでした」と書きました。

これが、どういう意味かというと、たまたま、先物取引会社の店頭で受け渡しをしに行った合間に読んだ「先物雑誌」という本の中のある人物の書いた記事を読んだ瞬間に、衝撃が走ったのです。

本当にびっくりしました。その記事の内容に、私は、本物中の本物のにおいを嗅ぎ取ったのでした。

私は、すぐにその連載のバックナンバーのコピーを頼んで、必死で読みました。震えが来るような内容、というのはこのことだったと思います。書いてあること全てが「目から鱗」でした。それまでの私の10年間がその連載だけで全て吹き飛んでしまいました。

野川徹氏・・・の書いたものでした。

「あなたは株のプロになれる」の立花氏も、どんなに努力しても儲けることができずに、地獄をさまよっているときに、ある商品先物会社のおじいさんとの衝撃的な出会いを果たします。ここで相場の技術ということを教えてもらい、不覚にも涙がでて、そして一週間は放心状態だった、と書いておられますが、私が野川氏の記事を読んだときもそのような状態でした。
頭が真っ白になり、呆然としていました。

それまで自分が考えていた「相場」というものの理解が全く不十分だった、ということが一瞬にしてわかりました。まるで相場を理解していない自分をいやというほど見せ付けられた瞬間でした。傷口に塩をずりずりとすり込むように自分の無知を思い知らされたのです。

それまでは、相当自分は勉強家だと自負していたのですが・・・

当時、野川氏は、私の1歳年上、新進気鋭の相場師で、商品先物業界では、もうかなり名の知られた人物でした。
野川氏が本物かどうか、それは、書いてある内容が全てを物語っていました。
何とか氏と接触できないものか、そう考えていると、渡りに船というのはこのことですが、野川氏が「相場師養成講座」を立ち上げる、というので、慌てて参加しました。

あの時、商品先物会社に行かなければ、何気なく雑誌を手に取らなければ、まだ、悶々とした日々を続けていたのでしょう。

こういう人生を左右する出会いというのは、人の一生に何度かあるものです。
私は、野川氏によって、正しいレールに、それも最短距離の特急列車に強制的に乗せられることになったのです。

上達のプロセスこそ秘訣 その6

2008/04/10 Thu

どうして、こういうことを書き始めたのか・・・このブログを読んでいただいている方は、ごくわずかな人だけですが、そのわずかな皆さんの中で、私の当時と同じ思いでもがき苦しんでいるという方いらっしゃれば、この連載を読んで、一人でも「そうだったのか。そういうことか。」と思っていただけたら幸いだ、と思い、こうやって書いています。
自分もよく考えたらどうやら同じ失敗をしているようだ、と一人でも気がついていただければと思ってのことです。

また、当然に、私とて日々勉強ですから、自分の過去をたまにこうやって振り返ってみて、新たな道を探したい、という思いもあります。


さて、人というのは、年を重ねるほどに「頑固」になるものだと思います。
幼児のころは、人から教えてもらったこと、聞いたことをどんどんと吸収して、成長していくことができるのですが、小学校に入学して、低学年、高学年、中学生、となるにつれて、だんだんと自我が目覚めてきて、そして、20代、30代、そう自分の過去を振り返っても、あのころは、人の言うことを素直に聞けたのに、段々と自説に固持する自分が今の自分です。

ですから、せっかくのいい話であっても、本当にいいアドバイスでも、自分というフィルターを通してしか、物が見えませんから、そういうチャンスの欠片は、次々に自分の目の前を通り過ぎていくのです。

人の話を聞く、というのは、簡単なようで、とんでもなく難しい、といつも思います。大人になるほど、素直に人の話を聞けなくなるのです。

私がたまに知り合いと相場の話をするとき、相手は私がプロだと知っているのですが、何故か、人の話など聞こうともせずに、自説をとうとうと述べる方が多いのには驚きます。

「最近は、儲かりません。自分はこうこうなのですが・・・。相場は難しい。この先、意外と相場は上げると思いますよ。アメリカの景気も底を打ったと思うし・・・」などなど。

そして、こちらが、相場は、こう考えるべきですよ。とか話をすると、「それは、違うんじゃないですか。自分はこう思いますよ。やっぱり先を読めないとだめ・・・」と、また、とうとうと自説を喋られます。

そして、概ねとどめの質問が待っています。「この先相場は上がると思いますか。下がると思いますか。」

「いやー、よくわかりませんね。上がるかもしれないし、下がるかもしれないし。」と答えると、怪訝そうな顔をして、「プロでもわからないんだから、今の相場は難しいんですね。」とちょっと、小馬鹿にした雰囲気で・・・

曲がりなりにも、これで食っている相場師が、相場で勝てないアマの方から、自説を教えてもらう。また、その話の内容は、お世辞にも、当て屋レベルでしかありません。しかし、そういう会話がいつものパターンです。

いつもこうですから、あまり気にもなりませんが、逆に、もし、自分が相場で何とか勝とうとして、頑張って頑張って、それでも毎年負け続けて地獄をさまよっているときに、こういう助け舟があったら、どうだったんだろう。クモの糸につかまることができただろうか、そう思います。



自分という自尊心と自我、ついでに間違った思い込み、これは、新しいことを吸収するのにとんでもなく障害になるものです。
というのは、この時期の野川門下生の行動にはっきりと出ていました。
同じ時期に門下生となって、同じことを学んだのですから、皆がプロになった・・・とは、なっていません。その大きな原因が、この自我と自尊心にあったのではと思います。
こんなもの価値が無い、とスピンアウトする人と、最後までしがみ付いた人、大きく分かれました。

私は、野川徹氏という師匠のもとで、クモの糸につかまって、地獄からの脱出を始めることになります。
このときに、私は、「自分を含めて、大人は頑固な生き物だ。」と考えていたので、野川氏にこう宣言しました。「これまで持っていた相場の知識は、全て無にして、自分というフィルターを取り払って、全てを吸収できるように頑張ります。」と、そうでないと自分は変われないと思ったからです。

しかし、一方で、同じ時期に門下に入った門下生の仲間には、別の観点の人も大勢おられました。
投資顧問と勘違いして、結果だけを求めていた人もいました。また、自我と自尊心、間違った思い込みから、自分の過去の経験が捨てられなかった人もいました。そういう人たちは、野川氏がせっかく大切なことを話してくれているにもかかわらず、聞く耳を持たずに価値を認めることもなく、去っていったのです。



さて、上達のプロセスの話ではなく、相場の話を1つだけ。

相場というものの理解、とは何ですか、というご質問がありました。相場の本質、根っこの部分、とも言うべきポイントがあります。

それは、「相場とは、人の心が動かしている」ということです。

え・・・たったこれだけですか。これを聞いて、そんなこと、知っている、当たり前、と思われると思います。
しかし、この「相場とは、人の心が動かしている」ということを、普段のトレードで常に意識して、トレードされているでしょうか。
もし、「知っているだけ」であって、実際に使っている、活用している、ということが無ければ、それは、単なる「知識」であって、「知恵」に昇華されていない、と思います。

「相場とは、人の心が動かしている」、もう少し具体的に書きます。
人の心とは、「恐怖と欲望」です。
相場は、人の恐怖と欲望を飲み込んで、上へ下へ動いています。
ですから、チャートに現れるパターンというのは、常にこの恐怖の欲望の綱引きがパターンとなって現れているのです。
チャートパターンというのは、単なるパターンですから、パターンそのものには大した意味はありません。
その本質的な人の心という背景を常に意識していないと、単なる過去のパターン分析、となってしまい、失敗したとき、流れが変化したとき、例外が発生したときに、対応ができないのです。

ところが、何故、そういうパターンが発生するのか、どうして相場はこういう動きを繰り返すのか、の理解をしていると、常に変化する相場の動きに対応が可能で、また、日々変化する相場の動きが理解できるようになります。

また、人の心を読もうとするのですから、STCの14がいいのか、15がいいのか、RSIを組み合わせたらどうか、ということに大した意味がないということも理解できます。パラメーターいじりが本質から離れた数字上のお遊びだ、ということが見えるのです。

数年前、高等数学を相場に持ち込んで、相場を克服しようと大勢のNASAの技術者が鳴物入りでウオール街に移った、という記事をどこかで読みました。これで相場の動きを解明する、との触れ込みでした。
私は冷ややかな目でその記事を読んでいました。
相場の本質さえ理解していれば、NASAの高等数学でごちゃごちゃやって、それで答えが出るものかどうか、最初から目に見えています。彼らの試みはどうだったのでしょうか。少なくとも成功したという話は聞きません。彼らは知らぬ間に話題から消えていました。

上達のプロセスこそ秘訣 その7

2008/04/11 Fri

場が引けて、ちょっと散歩に出て、そしてブログを書く。今週は、これが日課になっています。自分の歩んだ道をこうやって整理してみる、というのは、結構当時のことが思い出されて、懐かしく、割と筆が進むものです。

久しぶりにFAIの掲示板を覗いて見ました。すると、掲示板が炎上していました。どうやらこの下げ相場を買いで我慢に我慢を重ねた上に今年になって投げた。それも師匠がお先に失礼、をやったようなのです。
確かに投資の責任は、自己責任ですが、師匠と弟子の世界というのは、それだけでは片付けられないものがあると思います。師匠の言うことは、絶対なのですから・・・また、絶対と思ってついていかないと身に付かないのが「腕」というものなのです。親方の背中を見て、技を盗め、必死でついていって覚える、そういう関係なんだろう、と思います。



さて、野川ブートキャンプ(以下ブートキャンプ)に新兵として入隊した私は、相場を舐めていた、というか、甘く見ていた、ということをいやというほど思い知らされることとなるのです。


皆さん、相場をプロが教えてくれる、ということがどういうことなのか、どういうことを想像しますか?
一度、考えてみてください。


実は、私は、入隊するまでは、「ちょっと美味しい手法、必勝法、秘密の戦略を教えてくれるのかなあ。プロだから簡単にポンポンと利益を取っていくところを見せてくれるんだろうなあ・・・。ザクザク金が儲かるようなノウハウを教えてくれるんだろうなあ。」などなど甘っちょろいことをちょっと期待していたものですから、えらいことになったのです。

ここで再び地獄を見ることになるとは、思いもしませんでした。これまでの自分を捨てて生まれ変わる。そういう決心すら甘い決心であったと思い知らされます。


この野川ブートキャンプでは、普通のブートキャンプとは違う手法がとられていました。
ブートキャンプなのですから、普通は、基礎訓練と練習を積んでから、実践訓練というのが手順でしょう。
しかしながら、このブートキャンプでは、いきなり新兵たちに、イラクへの実戦配備を命じたのです。つまり、理屈ではなくて、いきなり売買の実践に入りました。

前橋乾繭(まえばしかんけん)、東京小豆(とうきょうしょうず)というのが最初の戦場だったと思います。

そして、鬼軍曹の声が入ります。前橋乾繭が下がってきたので注意せよ。そして、しばらくして、安値を割ったので売り・・・突撃です。しかし、数日して、敵の反撃を食らって、損切り撤退・・・

あれ・・・あれあれ、どうして・・・売るつもりだったら、高値のうちに売っとけばいいのに、どうして、安値を待つんだろう。というより、この安値は絶好の買いポイントに見えるんですけど、ここで売るんですか????

次に、東京小豆が安値に来たので、売り・・・と、翌日、上がってきたのでまた損切り。またかい。また損切りかい。どうなってんの、これって。

という間もなく、昨日損切りした前橋乾繭が再び安値に接近中・・・抜けた・・・指令は「売り」、そして、また中に入った・・・指令は「損切り」。またかよーー、どうにかしてくれ。

お気楽に損切りとか書いていますが、商品先物のデイリー単位の取引ですから、全て万単位の損切りが出てきます。結構「痛い・・・」

と、次にまた前橋乾繭が安値で売りに・・・やっと落ちた、利益になった。あれ・・・利食わないんですか?そうですか、ええ!!さらに売り乗せですか、そうですか。と、数日後、敵の反撃が始まりました。反騰されて、また、損切り。これは、痛い。せっかくの利益がまた損です。

そうこうこういう売買が延々と続きました。そのうち胃が痛くなってきました。

一番こたえたのは、大豆だったと思います。上へ吹き上げたのをみて、買いとなりました。しかし、翌日に暴落。それを見て、指令は、買いの損切りとドテン売り攻撃!!げげっ、これは無理やろ。これはできんぞ。いくらなんでも・・・しかし・・・やると決めたんや、やるしかない・・・・
また、胃が痛くなってきました。


そもそも、それまでの私は、自慢じゃないですが、逆張りナンピンの林研究所出身で、オシレーター売買でも、生粋の逆張り育ちです。相場は下がったら買う、上がったら売る、2分割、3分割、一括手仕舞い、それこそが技術、投資の基本中の基本、その信念で10年以上売買してきました。

それが、真反対の売買、上がったら買う、下がったら売る、の繰り返しなのです。それも、最初からいきなりの損切りの嵐です。
これは、いくら自分を捨ててといっても、辛い、辛すぎる。そういう日々でした。

苦しくて苦しくて仕方がありません。実際の売買は止めて、シミュレーションで様子を見ようかと何度も思いました。恐らく同期の新兵の多くはシミュレーションで済ました人もいたと思います。
また、結果だけを求めて入隊した人たち、つまり、儲けさせてくれると思っていた人たちは、この時点で早くも脱走していったのでした。


とにもかくにも、プロというのは、特別な手法を持っていて、相場をバンバン当てて、神業のように利益を得るものだ、という私の淡い期待は、海のもずくと消えたのは、間違いありませんでした。

上達のプロセスこそ秘訣 その8

2008/04/13 Sun

「いまだ知りて行わざる者あらず。知りて行わざるは、ただこれいまだ知らざるなり。痛みを知るが如きも、必ずすでに自ら痛みて方に痛みを知る。寒を知るも、必ずすでに自らを寒ゆ。飢えを知るも、必ずすでに自ら餓う。知行如何ぞ分かち得開かん。
(そもそも知るということは、必ず行うということに結びつくのである。知っていながら行わないのは、まだ知っていないということだ。痛みを知るにしても、自分で体験して、はじめて知ることができるのである。また、寒さを知るにしても飢えを知るにしても、自分でそれを体験して、はじめて知ることができるのだ。どうして知と行を分けることができようか。これが知と行の本来のあり方であって、勝手に分断できないものである。)」知行合一(王陽明)


株式委託手数料の自由化は、1999年10月からです。それまでは、手数料として片道1%、税金1%で往復3%がコストとして重くのしかかっていました。つまり、1000円の株を1000株売買しただけで3万円以上のコストがかかるわけです。1000円で買って、1030円で売ったらやっとトントン、そこからが儲けです。1000円で買って、1000円で売ったら3万円の負け、3%の970円で損切りしたら、何と6万円の損。これが自由化以前の個人投資家の環境でした。1000円の株を1000株で10回売買したら、コストは何と30万円です。今、では、考えられないような環境でした。ということで、株式市場では、短期売買は、ほとんど不可能だったのです。
そこから見たら、今の環境は、短期売買にとっては本当に天国です。

また、多くの短期売買の投資の技術やテクニックの紹介が、この自由化と機を同じにアメリカから持ち込まれてきました。
そのメルクマークとなるのが、パンローリングのウイザードブックシリーズの第一弾である「魔術師リンダ・ラリーの短期売買入門」だと思います。これ以降、パンから次々に投資についての貴重な洋書が翻訳され出版されました。

私が野川ブートキャンプに入隊したのは、1996年、当時は、証券市場関係では、テクニカル分析、ということでさえ、怪しげなもの、というイメージしかなく、投資戦略といえば、証券会社の提供する投資レポートや投資雑誌を読んで、上がる銘柄探しによる投資、という方法だけがまともな投資として認知されていた時代でした。

テクニカル分析をまともな投資手法として、議論されていたのは、商品先物市場関係の本にしか見当たらなかった時代でした。しかし、その商品関係でさえ、テクニカル分析ということを投資戦略として昇華させていたようなものは、ほとんど見当たらない、というのが当時の事情です。


ブレイクアウトやトレンドフォローというのは、今ではちょっと勉強してきた人なら知っていることだと思います。
人の本能では、普通安くなれば買いたくなって、利益が出るとすぐに利食いたくなる、そういうものだと思いますので、順張り系の売買というのは、なかなか教えてもらわないとできないものだと思います。
また、高値で買うといっても、すっ高値で買うのは、得意でも、ちょうど抜けたきたところというのは、本能的には、これまでの高値になるわけですから結構買いにくいところなのです。

当初、ブートキャンプでやった手法は、ご推察の通りですが、20日間のブレイクアウトによるエントリーとそれに続くトレンドフォローの売買でした。ドンチャン、タートルズの売買です。
これには、実は、手数料という事情もあったのです。というのは、株式ほどではないにせよ、当時は、商品先物とて自由化されておらず、結構高い手数料に食われてしまう、という事情がありました。ですから、今ならできるような器用な短期売買的戦略は全く使えなかったのです。

そんな裏事情は、新兵の知るところにあらずで、この激しい中期のトレンドフォローの売買が続くこととなります。
当時、運が悪く、中期、長期のトレンドフォロー向けの理想的なトレンドがなかなか発生しなかったこともあり、利が乗ってきて、攻めてみても、なかなか利益を得ることが難しかった、時期でした。

また、野川軍曹が、いきなりブレイクだけでなく、乗せの技術というもう一段上の技術を見せてきたことにより、そしてその結果がなかなか伴わないことにより、新兵たちの精神的負担は、ピークに達していました。

こういう中で、前にも書きましたが、儲けさせてくれると思って入隊した人たち、結果だけを求めていた人たちは、失望して真っ先に脱走していきました。
また、ノウハウやテクニックを手っ取り早く教えてくれる、と思っていた人たちも同様だったのだと思います。

私は・・・というと、当初甘いことを考えていたのは事実ですし、苦しかったのですが、しかし、軍曹の考えていること、書いていることが余りにも相場の本質をついていることを思い、そして、何よりも、もう私にはこのキャンプにしがみ付く以外に帰るところがない、という状況の中で、何としても生き残ってやる、そういう決意で頑張ることとしました。

当時、教える側の野川軍曹とて、後述されていましたが、非常に迷いにあったようです。いきなり色んな技術を詰め込んでしまったために、受け入れる側の準備が全くできないままに、ストレスが溜まってしまった。こういう経験から、ブートキャンプは、新たな受け入れを中止して、残った新兵だけで、基礎から一歩一歩進めることとなるのです。

投資の技術というのは、本来は職人の腕、と同じです。

職人の腕を磨くのにどうしたらいいのか。どう答えますか。

料理の腕を磨くのに、フランス料理の料理本をどんどん読んで知識を蓄えること、に頑張りますか。
日本料理のレシピ本を暗記することに全精力を傾けることによって、料理の腕を磨こうと思うでしょうか。

しかし、相場の腕だけは、何故かしら、本を読んで磨こうと思う人があまりにも多いのです。そういう私もそうだったわけですから、偉そうなことは全然言えないのですが・・・

今では、色んな技術が本やセミナーで紹介されています。ほとんどのプロの技術が一般にレビューされているといってもいい状況です。しかし、その技術を、では実際に使える人、使いこなして儲けている人はどれだけいるのでしょうか。

色々勉強して、知識だけは、何でも知っている。

逆張り、ナンピン、トレンドフォロー、細かい短期売買の技術などなど・・・しかし、何もできない、あれもこれも中途半端にかじっている。

「知ってはいても、実行できない、それは知らないことと同じだ」・・これは「知行合一」という教えで、王陽明という中国の哲人が述べている思想です。

勉強ばかりして、知識だけは耳年増、エッチの知識ばかり蓄えても、女性の手も握ったこともない高校生のような・・・しかし、そういう情けない投資家が、当時の私だったのです。

順張り、ブレイクアウト、言葉では、知っていました。しかし、10年以上相場をやっていて、やったことなど一度も無かった、ということでした。それが辛くも自分の目の前に突きつけられたのでした。

上達のプロセスこそ秘訣 その9

2008/04/14 Mon

「学をなすにはすべからく本源あるべし。すべからく本源上より力を用い、漸漸に科(あな)を満たして進むべし。」
(学ぶにはまず根本を把握しなければならない。根本のところから出発して、努力を積み重ね、途中の窪みを1つ1つ満たしながら、じっくりと進むことだ。)」(王陽明)


相場というのは、本当に料理に似ているところがあると、つくづく思うことがあります。

「料理の腕」「相場の腕」

当然、腕利きの料理人には、料理の知識も豊富なわけですが、それ以上に、腕を磨くための修行を時間をかけて積んできているわけです。

前回も書きましたが、知識を蓄えるということと、腕を磨くこととは、全く違います。というより、同じと理解することの方がおかしいでしょう。

この2つの大きな違いに、知識というのは一気に蓄えることが可能でも、腕を磨くということには、時間がかかる、ということがあります。

日本料理をマスターするのに、いきなり完成品の料理を作りに行ったとしても、美味しい料理ができるはずがありません。

最初は、包丁の磨き方から始まって、だしの取り方、魚や野菜といったネタの目利き、など、基礎となる技術がなければ、いきなり料理の完成型を求めても、それは無理というものです。

包丁は、砥石でこうやって磨きます、というのは、知識としては、すぐに覚えられても、それがすぐに腕になるか、というとそれは時間をかけないと無理です。鰹と昆布でだしを取ります。まず水を沸かして・・・、ということを知識として覚えるのに大した時間はいらないでしょう。

ですから、料理人の修行を始めるには、最初は、基礎となるところから、下積みの修行が始まるわけです。こうやって一歩一歩進んでいくわけです。

相場とて、同じで、知識としては、「これまでの高値を上へ抜けたら買うのがブレイクアウトです。」と、覚えるのは1分もかかりません。上がっていくトレンドが出た後付のチャートを見て、「これを追いかけるのがトレンドフォローです。」と理解するのに1分もかからないでしょう。

しかし、それを腕として磨くにはとんでもない時間のかかる修行が待っているのです。

相場の上達を求める人は多いのですが、料理人と同じような下積みの苦労を嫌って、いきなり、トップの料理長になろうとしてはいないでしょうか。
料理をしたことがない人が、いきなり「総料理長」のポジションを狙う。いきなりチーフになれるがごとく考えてしまう。
料理本をちょっとかじったからといって、帝国ホテルの総料理長、嵐山吉兆の板前になれる、そんな考えの人は誰もいないでしょうが、何故か、相場では、技術を知っているからといって、もうすぐにでも利益が出る、そう思っている人が余りにも多いと思います。

プロとしての料理人の修行が厳しいものですから、多くの人は、「主婦のための簡単料理教室」に入ることになります。そこでは、最初から面白いフランス料理だとか、イタリア料理を学んで、また、日本料理の茶碗蒸しの簡単レシピ、だとか、面白く、楽しくやってくれます。

しかし・・・ベースが無いものですから、いつまで経っても「アマ」の世界から出る、ということは難しい、そういうことになってしまいます。

こういうことは、相場の世界では非常に一般的だと思います。特にすぐに答え、すなわち損益が出てしまうのが相場ですから、どうしても「答え、結果」のみを求めてしまって、「腕を磨くこと」には目が行かない状態、に陥ってはいないでしょうか。


さて、ブートキャンプでは、激しいトレンドフォローの売買から、基礎のブレイクアウトからの早めの利食いを中心としたトレーニングに軸足をずらし、基礎訓練をみっちりと積むことになります。

まず、ベース、基礎、基本をしっかりと作ってから、次のステップへ一段一段あがる、というスタイルが確立されてきたのは、当初のドタバタが収まって、再スタートを切ったところからでした。

これは、正に料理人の修行と同じステップとなります。一歩一歩上がっていくのです。
当初、軍曹が思っておられたのは1年ぐらいの期間だったようです。しかし、それでは、新兵が育つには、時間不足でした。バイステップになったことによって、ブートキャンプは、4年という、正に大学と同じ期間続くこととなったのです。


さて、この辛いブレイクアウトの修行でしたが、次第に見えるものがありました。
これは、本来、実際に同じような経験を積んで、自分で発見することが大切なのですが、ここでは、あっさりと書いてしまいます。あっさりと読む、というところには、非常に問題もあるのですが・・・

ブレイクアウトでの修行では、いいトレンドが出なかったこともあり、損切りが連発していました。ですから、損ばかりしている、相当な損が出ている、という感じだったのですが、損は、素早く切っているので、そう大したこともなく、その一方で、利食いは数は少ないけれど、そこそこの幅が取れたりするものですから、トータルでは、大した損にはなっていませんでした。

不思議な感触、というのは、こういうことをいうのでしょうか。損切りの回数が多いので、損ばかりしている、辛い、辛すぎる、そう感じつつも、実際の損は知れている。

これまでは、1回1回の売買に必勝祈願をして、これは絶対だ、これは来るぞ、これで損するはずは無い、ここしかない、と思いながら、とにかく、1戦必勝、勝ち抜きトーナメント戦での勝ち残りのようなスタイルで相場に臨んでいたのです。1回でも負けたら、もうその時点でアウト、大損決定です。何度も勝っていたのにもかかわらず、たった1回の損で死亡、そういう売買でした。

しかし、この時の売買は、明らかに質の違うものでした。やるべきポイントで買う、ダメだったら損切る、また、やるべきポイントで買う、ダメだったら損切る、実際に売買をしていると、だんだんとそういう売買に慣れてきたのです。

あれだけ苦しかった損切りも慣れというのは、恐ろしいものです。割とヘッチャラになってきました。

そうしているうちに気が付いたこと、それは、


もしかして・・・プロというのは、こういう一連の売買を通じて、トータルとして利益をひねり出すものではないのか!


ということでした。

前々回に、私は、「プロというのは、特別な手法を持っていて、相場をバンバン当てて、神業のように利益を得るものだ、という私の淡い期待は、海のもずくと消えたのは、間違いありませんでした。」と書きました。

もし、プロというものが、神通力や生まれながらな天才的相場観で、相場を取っているのであれば、もう私など凡才の出る幕などどこにもありません。

しかし、この一連の苦しい売買を通じて見えてきたことは、一方で、私に光を差すものでした。これなら、私にもやれるかもしれない、と思いました。


それまでの私は、1回1回の売買の勝った、負けた、にとにかく必死でした。1回でも負ければ、もうその日は憂鬱で、何故負けたんだ、どうしてだ、と考え込む日々でした。
ブートキャンプでも当初は、それは同じで、1回1回の負け、という事実が重く自分にのしかかってきて、離れませんでした。
負けないように入らないといけない、エントリーには慎重に。

逆に言うと、エントリーで勝率の高い必勝法さえ手に入れれば勝てるのだ、そういうロジックに走っていっていました。


しかし、実際のプロのトレードはその期待を完全に打ち砕くものだったのです。

1回1回のトレード結果というのは、プロでもアマでも勝ったり負けたり。そのたまたま入った1回の取引というものが勝てるのか、負けるのか、については、アマが勝つこともあれば、プロが負けることもある、全くもってランダムなものだったのです。

そんなものに必死になって、当たるかどうか、必死に考えていても、それには実は大した意味はありません。

損失を受け入れる、ということは、アマでも考えてはいることです。しかし、自分が入ろうと思っていたポイントで躊躇して入れなかったり、恐怖で身動きが取れなかったりするのは、この1回の取引で勝てるのかどうかを考えすぎてしまうところにあるのです。

「それぞれのトレードは、これからする1000のトレードの最初の1つだ」

というのは、新マーケットの魔術師のトム・バッソの言葉で、私がとてもお気に入りのフレーズです。


パチンコというギャンブルでは、玉を上のポケットに入れて、当たりを狙うものです。全ての玉を上のポケットに入れようといくら頑張ってみても、ほとんどの玉は下に流れてしまいます。パチンコをする人が、1発1発、これは入る玉か、どうか、いつ入るのか、などと考えているはずもありません。

また、1発の玉がチューリップに入らなかったからといって、いちいちしょげていては、パチンコなどやっていられません。

沢山打つうちの数十発に1つが、偶然に上のチューリップに入ればそれでいいのです。そして、1発1発の玉が、チューリップに入るかどうか、この結果は「ランダム」なものに過ぎません。たまたまその玉が入っただけで、そこに大した意味は無いのです。
また、その1つ前の玉が何故、入らずに下に落ちたのか、そんなことを考えても、何の意味もありません。

私は、この1つ1つのパチンコ玉、すなわち目の前のたった1回のトレードの勝ち負けに余りにもこだわりすぎていたのです。

また、ルーレットというゲームがあります。これは、「0」、「00」というのが当たりになったときには、そこに賭けていない限り親の総取りになってしまいます。玉が落ちるスポットは、この2つを入れて38個、当たりは36倍、赤黒は2倍、ということで、38分の36しか張り手には入ってきません。5.2%カジノ側が有利なわけです。
また、ブラックジャックではカジノ側が4.5%の優位性を持っているそうです。

ここで、カジノは、1回1回の賭けに対して、一喜一憂しているでしょうか。するはずがありません。1回1回の賭けの結果はあくまでランダムに過ぎませんが、何度もこれを繰り返せば、最終的には、数%の優位性があるカジノが勝つ、ということがあらかじめ決められているものなのです。

上達のプロセスこそ秘訣 その10

2008/04/27 Sun

「人はすべからく事上に在って磨かば、方に立ち得住まらん。方に能く静にもまた定まり、動にもまた定まらん。(人間というのは、日常の仕事のなかで自分を磨かなければならない。そうすれば、しっかりと自分を確立し、静時であろうと動中であろうと、いついかなる事態になっても、冷静に対処することができる。)」事上練磨(じじょうれんま)(王陽明)


風邪で体調を崩したことに加えて、PCが1台ダウンしたりして、そちらに気が散っている間に、この連載への集中が途切れてしまいました。

いつもご訪問いただいている少数の皆さんには申し訳ないことです。

一度インターバルを空けて、再度何を書こうとしているのかを考えてみました。ここでは、野川氏の手法を紹介しよう、というものではなくて、利益を出せなかった自分がどういうプロセスを辿って、利益を出せるようになったのか、というあくまでプロセスを紹介しようという企画です。

1年やそこらで億を稼いだ、と彗星のように出てきた才能あるデイトレーダーであれば、普通の人は何の参考にもならないかもしれませんが、努力してもなかなか利益が出せなかった普通の素人が、何故利益を出せるようになったのか、もしかしたら参考になるのでは、と思うところです。


私の主張は、相場は、手法ではなく、腕や技術で取るもの、ということです。
そして、その腕を磨くには、1000本ノックを受けることだと。体で受けることによって、見えてくるものだあるのだ、と。

しかし、腕や技術、プロセス、これを文章で表現する、という試みは、非常に書いていて難しい、と思いました。
というのは、実際にやってみないと本当は理解できないことを、体で感じるべきことを理屈としてアウトプットしようとしているからです。
林大先生の本は、どれもこれもとにかく「くどい」のですが、そういう理由からなのだ、ということが、自分でこうやってとにかく「くどい」文章を書いていてわかります。

現代というのは、とにかく「マニュアル社会」だと思います。ですから、相場の上達についても、ハウツー的、マニュアル的に安易に考えて、ノウハウとして受け取ってしまいがちでしょう。こう書く私は間違いなくそうでした。


ノウハウさえわかれば、手法さえわかれば勝てる、頭で理解すればいいことだ、と。


繰り返しになりますが、これは私の辿った道です。

一時的に上げ相場に乗って利益が出ても、すぐに吐き出すことになる。相場で利益を出すのは難しい、と思う。

負けると、別の手法を求めて、乗り換える。

ブログを探して、本を読んで・・・

トレンドフォローで失敗して、やっぱり逆張りか、本を読んだら新しい手法、戦略が載っていたのでそれを何回かやってみる。
しかし、それも結局は上手く行かずに、どうしていいかわからなくなる。

カリスマトレーダーのセミナーへ参加する。そうすると、○○戦略という手法を教えてくれた。
そこで、また、やってみるが・・・またまた損が出てしまう。
こんなやり方じゃあだめじゃないか、儲かる儲かるとか言ってって結局利益が出ないじゃないか。

カリスマの嘘つきめ!!

そして、また別の手法を探してあちこちのブログを漁って、毎日何時間も費やして、手法探しを・・・繰り返し、繰り返し・・・

「手法マニア」の辿る道です。そしてこれは、私の辿った道でした。

最後は、投資顧問のサポートに頼ったり・・・手法を転々としても、結局は、腕が無いわけですから、儲かるはずがないのですが、そうやってもがき苦しんでいる本人には、何故儲からないのか、自分の手法が悪いんだ、そういう結論しか見えては来ないのです。

思い込みとは、恐ろしいものです。手法が全てだと思い込んでいるのですから、これをひっくり返すことなど天変地異が起こってもできません。


この「手法マニア」をやめて、手法探しをしているものすごい時間を「腕」磨くための時間にちょっとでもシフトさえすれば・・・実践練習とチャートを読む時間に充てれば、そういうことなのです。


ばんさん、という方が、リズム取り、を練習されておられるのをブログに書いておられます。
http://blogs.yahoo.co.jp/b_a_n_1000/MYBLOG/yblog.html
リズム取り、というのは、林大先生の著作で紹介されている手法ですが、これなど、頭で理解するのに10分とかかりません。また、本でいくらでも紹介されているのですから、誰でもが手法を読むことができます。

しかし、これを実行し、利益の出せる人は、1000人中1人なんでしょう。何故なら、こういう売買は、利益がなかなか伴なわない苦しい練習期間が年単位で続くからです。こういう期間にほとんどの人は耐えることができません。

手法マニアならば、数回売買やってみて、利益が出ないので、すぐにやめて別の手法を探すことでしょう。

ばんさんは、こうやって地味に練習売買を積み重ねながら上達への道を何年もかけて登られているんだなあ、とたまに訪問して感慨深く思うところです。

手法マニアを中心にして、相場を始めて、理屈さえ理解できれば、勉強さえしていれば、いきなり利益が出る・・・そのように過去の私も含めて、ほとんどの人がそう思っているわけですから、そう思っているのであればあるほど、苦しい修行期間、練習期間に耐えられなくて、相場からは脱落してしまいます。


あるデイトレーダーは、「損の経験を積み重ねないと勝てるようにはならないよ。」という表現をしていました。私も諸手を挙げて賛同します。



さて、そうは言っても、野川氏の手法に興味があるんだろうな、とは思いますが、話の中心はあくまで「プロセス」だということをお考えください。

野川ブートキャンプは、4年に及ぶものです。これは、相当長期間にわたるものだということはおわかりでしょう。

ここまでで、最初の数ヶ月の出来事を書いて見ましたが、手法に興味がある方は、野川手法とは、トレンドフォローだったんだ・・・とお思いかもしれませんが、それは、単なる入り口の練習メニューでしかありません。
いわゆるブートキャンプで言うところの、腕立て伏せとか、走りこみ、のようなものでしょうか。

当初は、ブレイクアウトの修行が続いたわけですが、このブレイクアウトの修行が辛い・・・つまり、損切りが多発することを嫌気して、実際の売買をシミュレーションにして、買ったつもり、売ったつもり、にした人たち。恐らく、途中でついていけなくなったのだと思います。

おわかりのように、つもり売買、すなわち机上の空論、では、売買は身に付かないのです。
作業が面倒だからといって、包丁を磨いたつもり、だしを取ったつもり、テレビの料理番組を見て、料理を作ったつもり・・・これで料理が上手くなるはずがありません。

シミュレーションをしていた人は、プロの売買の本質的なところ、トータルで勝つ、というポイントなどが、言葉では理解できても、実感として見えなかったのではないかと思います。

軍曹も、意図して、自分で考えられるように、自ら気づきがあるように、バイステップでブートキャンプを進めていたんだ、と後から振り返ればわかるところもあります。

軍曹は、後にこう言われました。

「最初は、トレードの本質、基本を体で理解していただくために、あえて不器用な単純ブレイクアウトを繰り返し繰り返しやってもらいました・・」

あっさりと答えを教えてもらったこと、というのは、意外と身につかないものです。

私がこうやって書いていて、思うことは、これを読んだ人というのは、答えをあっさりと書いているがゆえに、おそらく、身に付く前に知識としてのみ頭に入って、そのうち時間が経過すると忘却の彼方に忘れ去られることになるのでしょう。

情報商材の宣伝を読んでいると、「投資にとって必要な○○○○に気が付いた。」「相場で儲ける秘訣、それは○○の法則だったのだ。」とか書いています。何万円も出して買ってみれば、それが実に基本的なことを言っているだけだ、ということに驚くでしょう。

このあらかじめ決められているという法則が・・・○○の法則というものです。

なんて、書いて見ましたが、システムの人には基本中の基本の「大数の法則(たいすうのほうそく)」ですが、前回書いたことは、一言でいうとそういうことです。

ただ、実トレードにおいて、どう考えて取り込むのか、理屈だけ知っていても、いつも書いているように、意味がありません。法則の理解とともに、実践での活用こそがポイントなのですから・・・

大数の法則とは、ある試行を何回も行えば、確率は一定値に近づくという法則で、サイコロでも何でも、最初は偏りがあっても、奇数と偶数の出目は、数多く振れば振るほど50%に近づくというものです。カジノは、この大数の法則によって成り立っている商売なのですが、トレードとて、この法則には逆らえないですし、これを効率よく生かすことが、プロのトレードだと言えるでしょう。


トレードにおいて、1回1回のランダムを完全に受け入れること、そして、トータルで勝てる戦略を淡々と実行すること


では、1回1回のトレードがランダムなのもわかった。トータルで利益を出す、というのがプロの売買だということもわかった。でも、ではどうやってトータルで勝てる戦略、カジノ的優位性を見つけるのか。

野川軍曹は、言います。

「○○○を用いろ!!」「相場の○○を知ることによってそれはわかる」

と。

いよいよ、興味深深であろう投資戦略の話となってきましたね。

これを読んで、興味深深の人は・・・間違いなく「手法マニア」の資格充分です!!

上達のプロセスこそ秘訣 その11

2008/05/15 Thu

気まぐれの更新も滞ってしまって、すみません。

さて、昨日は、負けトレードとなりました。そういえばここのところ負けてないな、と思いながら、前に負けたのを調べてみると、4月22日でした。その前の負けは、3月に遡ります。
昨日は、寄り付きで2万円程度の負けからスタート。大したことはないと思いながら、なかなかすっきり勝てない展開が続きました。後場も寄り付き付近では取ったものの、また、すぐに負けとなり、すっきりした展開とならない。最後は、シャープの戻りを売ったもののすぐに利食ってしまって後一歩足りずで、結局、30回程度の売買で、52000円の負けに対して49000円の利益で3000円足らずですが損失となりました。
昨日は、負けトレードもかなり多くて、勝率は50%程度だったでしょうか。ただし、そのほとんどは、余りやっていなかったような試験的な売買を結構やったことが原因だったので、特に問題になることはなかったのですが・・・

しかし、ここ数年で上手くなったことは、前なら2万円の負けを取り戻そうとして、無理なトレードを続けて結局5万円、10万円の損にする。そういう日が1ヶ月に何度かあったのですが、それがすっかり影を潜めています。これこそが「腕が上がった」ということなのだろうと思います。
しかし、一方で、ここ最近の高い勝率というのは、冒険していない。攻めていない、ということの裏返しでもあり、一概に勝率が高ければいい、ということではないのです。
ここ2ヶ月は、確かにこれ、というチャンスが少なくて、ボラが低い日が続いているので、どうしても保守的にトレードしてしまっている、という裏返しなのでしょう。
もし、勝率だけを突き詰めるのであれば、よほどのチャンスだけに手を出す、ということにすることによって、ほぼ日中ベースでは負けないトレードが可能ですが、それではトータルの収益は確実に落ちるでしょう。

ちょっと自慢ぽくなってしまって申し訳ないと思いますが、こういう高い勝率が短期売買のメリットであり、どうやってこういう勝率を維持しているのか、というと、これはもう「腕」でしかありません。
生活費を常に抜かれるという宿命の専業トレーダーとしては、この収益の安定性というのは、変えがたいものなのです。

さて、どうやってこういう高い勝率を維持し続けられるのか。手法なのか、それとも、ということで、今日の話に繋がります。今回は、野川相場戦略の核心的な考え方を書くことになります。

先日の最後にこう書きました。
野川軍曹は、言います。
「○○○を用いろ!!」「相場の○○を知ることによってそれはわかる。」

ちょっと趣味の悪い伏字を書いて申し訳ない。

答えから書きます。

「エッジ(優位性)を用いろ!!」「相場の環境を知ることによってそれはわかる。」

ということでした。

と言われても、なんのこっちゃ、ということでしょう。ということで、解説編です。


これまで書いてきているように、ほとんどの人は、手法、戦略と呼ばれる売買ルールに「異常な」興味を示します。勝てる戦略、勝てる売買ルール、必勝法・・・情報商材もそういう普通の人の興味をかきたてるような宣伝文句が並びます。これさえ知れば9割勝てる、などなど。
当時の私もそうでした。手法を求めて3000里・・・未だに見つからない青い鳥を探して大陸を横断してどこまでもどこまでも・・・

しかし、そもそも売買手法とはどういうものでしょう。
システム売買においては、全数検証といって、ありとあらゆるものを検証しまくって答えを出す、手法を探す、ということをやることがあります。理屈はともかく、検証しまくることによって、何か答えがないかを探すわけです。とにかく、調べまくって、答えをもとめる。ラリー・ウイルアムズ氏などもどちらかというとそういうタイプかなと本を読んだりセミナーで聞いたりして思いました。

しかし、軍曹の主張は、これとは対極的です。

軍曹はさらに言います。
「すべての物事には、原因があって結果がある。」のだ、と。

つまり、手法というのは、結果なのです。結果を突き詰めても、そこに答えなど、どこにも落ちてはいない、そう軍曹は言います。

何故、手法が存在するのか。そういうことを考えてみたことも無かった自分が呆然と立ちつくしていました。

手法とは、結果・・・どういうことなのか。何故、手法というものがあるのか。

原因を追究しないと、答えは見つからないのだ、と軍曹は言います。

事故が起きた。その事故が何故おきたのか。それは、原因を追究することによってのみ事故を理解することになるのです。
ガードレールにぶつかった、そういう結果をいくら考えみても、再び事故が起こらないようにすることにはなりません。
原因は、ぶつかった、という結果ではなくて、わき見であったり、居眠りであったり、スピードの出しすぎ、そういうところにあるのです。

手法、ということばかりに拘っていた自分が何故答えを見つけることができなかったのか。それが見えてきた瞬間でした。

レンジブレイクアウト、という手法があります。しかし、何故、そのレンジブレイクという手法は、手法としてなりたっているのでしょう。そんなことを考えてみたこともなかったのです。
手法なんだから、ドンチャン氏とか、デニス氏とか、誰かが考えたんでしょう。思いついて・・・みたいな。

テクニカル分析の原則の1つに、「相場にはトレンドが存在する」というものがります。これを否定してしまっては、もうテクニカルを考える意味がないぐらい重要な概念ですが、実は、この相場にはトレンドが存在する、ということが、レンジブレイクアウトのエッジになるのです。

上がりだした相場は、その後も上がり続ける傾向が強い。そういう相場の特性をどう利用するのか・・・その利用の方法の1つがレンジブレイクアウト、という手法になるわけです。

つまり、トレンドというエッジ(優位性)を利用するための手法の1つがレンジブレイクアウト、ということです。
このエッジが存在しない限りは、手法も存在し得ないわけです。

軍曹は、よく相場を料理に例えます。
「良い素材がある。新鮮な魚だったり、松坂牛だったり。それをぐちゃぐちゃとこねくりまわして、変な味付けをする必要なんてどこにもない。その素材の良さを生かして、シンプルに調理するのが腕のいい料理人なんだ。相場とて同じ。いいトレンドが出たときに、シンプルにただ乗っていく。そういう手法があればいい。そういうことでいいわけで、そこに人工知能だとか、金融工学とか、いらない。」と。

レンジブレイクアウトという手法は、トレンドが発生しなければどうしたって勝つことができません。トレンドというエッジ、素材をシンプルに料理する手法がレンジブレイクアウトなのです。
その他のあらゆるトレンドフォロー系の手法も同じです。トレンドという素材をどう料理するのか。その調理法がちょっと違うだけであって、その素材について、深く考えない限りは、答えは見つかりません。

手法という結果をいくら考えてもそこに答えはないのです。

しかし、一方で、いつでもいいトレンドが発生するとは限らない。当然です。トレンドには、騙しも多発します。
その騙しというのは、手法に問題があるわけではなく、実は素材そのものにポイントがある、と考えると答えが見えるのです。

つまり、いつも鮮度の高い魚ばかりではなくて、ちょっと目を見れば白くにごっているとか、油の乗りが悪い魚も当然あるわけです。
これは、調理法、すなわち手法の問題ではなくて、素材の問題です。いくら腕のいい料理人でも不味い魚を美味しくはできません。

ここで、料理人の仕入れと同じく、今日の魚はなにがいいだろうか。鮮度の良い生きの良い魚はなんだろうか。秋だから、旬はさんまで、いいのが入荷しているぞ。
しかし・・・これは目利きができないと見分けることはできません。

この目利き・・・日々仕入れを続けているからこそ見えてくる力です。

今日は、鯛ではなくて、ハマチの良いのが入っているな、今日は、ハマチで行こう、そう考えるのが料理人ならば・・・

今日は、ブレイクではなくて、逆張りで行こう。どうやら、今日の環境は、反転日和だ・・・もしくは、ブレイクが得意だけど、今日は環境が悪そうだから、お休みモード・・・、と考えるのが、熟練のデイトレーダー。

この素材認識、つまりは環境認識を如何に巧みに自分のトレードに取り入れて、調理方法、つまりは手法をシフトする、やるやらないの判断をする、そういう臨機応変さに生かすのか。

ここがシステムではない裁量トレードの本領であり、システムでなかなか達成し得ないようなプロフィットファクターを出せるポイントでもあるのです。

システムの人には、わかりずらいところかもしれません。また、そういう環境も結局は、システムにフィルターとして組める、そういう主張もあるでしょう。P/Lフィルターなどが代表例です。
しかし、裁量でやる環境認識というのは、そういう固定的なものではなく、相当複雑で、人間の頭脳であるからこそ、職人技として見えてくるものなのです。

ちょうど、変動感覚というテーマで、前回もご紹介したばんさんがブログを書かれていますので、読んでみてください。軍曹は料理に例えていますが、ばんさんは、車の運転に例えておられます。
http://blogs.yahoo.co.jp/b_a_n_1000/22823641.html
私は腕とか技術、という表現をしますが、これはデイトレードだからで、林輝太郎氏系の手法においては、変動感覚という表現となっています。


ところで、手法に関して、その日本における大家と私が思っている中原駿氏が本を出されました。氏は、短期トレードのパターン研究に関しては、日本随一だと思うところです。こちらの私の別サイトで紹介していますので、興味のある方はどうぞ。短期パターンについてのこれだけの内容を自分で考えて検証したとすると、どれだけの時間と手間隙がかかることか・・・
http://mauitrain.blog111.fc2.com/

上達のプロセスこそ秘訣 その12

2008/05/16 Fri



昨日は、大アホトレードをやらかしてしまいました。
先ずは、そのアホ加減を見ていただこうと思います。
ちょうど連載向けの教材として、使える、というアホトレです。

5631日本製鋼(アーム)のブレイク狙い。
しばらくして、ついに「キター!!」突撃!!とばかりに買い出動。
しかし・・・あれ、すぐに反転される。うーん、ちょっと待ったらすぐに反転するか、
しかし、その期待も空しくずるずると下落。ま、下の板も固そうだし、そのうち反転するでしょう。と、キープしていると・・・その下の板を一気に食ってフリーフォールに・・・や、やられた、毒饅頭を食らってしまった!!
しかし、ここで投げてもなあ、底で売るようなもんだし。すると、反転開始、もみ合いとなる。やっぱりな。
という間も空しく、再び下げに。そして、再び怒涛の下げのスタートが・・・だめだ、撤退。あーあ、こんなんで21円もやられるとは・・・

事実はここに書いたとおり。こういう心理は、恐らく初心者とほとんど変わらないのでは、と思います。

後で考えると、本当に初心者と同じようなアホトレで、情けなくなるのですが、自分がプロである所以は、たまにこういうことをやらかした時に、そのやらかした失敗を相場の授業料に変えてしまうということができる、ということだと思うのです。

これをやることによって、経験値がアップし、負けないトレーダに変身できるのです。
失敗の損失など、安い教材、授業料に変換される瞬間です。
もし、これをやらないと出した損は、犬死となります。本当にもったいないお化けが出てきます。

負けを1つ1つ潰していくことで、残るのは勝ちトレードのみとなるのです。

とても、簡単な理屈だと思いませんか。

一説には、失敗トレードの70%は、過去にやらかしたパターンを繰り返している、ということらしいです。失敗つぶしを細かにすることによって、この70%の失敗トレードが消えるのです。
これこそが、相場必勝法でなくて、なんでしょう。

負けトレードについては、警察の事件捜査と同じように、現場検証、捜査を行い、何故こういう失敗をしたのか、何が問題だったのか、これからどうすればいいのか、を1つ1つ潰していく作業を行います。

これによって、同種のミスを将来的に防げれば、この損は、損ではなくなり、授業料として、生かされることになるのです。

問題解決のプロセスは、トレードとて同じです。

①現状把握

②現場検証

③課題発見(問題把握)

④解決策(改善案)

もし、この作業をやらなければ、損は、損として犬死にとなり、再び同じ損を繰り返すことになる、ということです。

こういうアホトレは、最近していなかったので、心に油断と隙が出来たのだろうと思います。当然に、この種のブレイクの失敗というのは、あるわけで、それに対処する方法を持っていないと、生き残るには困難です。

軍曹の言葉「原因があって結果がある」

ここでも、この教訓は生かされます。失敗という結果は、その失敗を起こした原因をきちんと把握することで、次の失敗を防ぐことができるのです。

現状把握は、上で済んでいるので、次に、現場検証と問題把握、改善案をまとめていきましょう。

まず、5631日本製鋼(アーム)のブレイク狙い。実は、あまり良くないなあ、ということを思っていたのですが、何となく狙ってしまった。何故、そう思ったのか、回りの環境とか、タイミングとかを総合した職人の勘というものでしょうか。普段ならやらなかったと思う。
これが、前回書いた「目利き」の話。腐った魚を仕入れてしまった!!

それはそれでいいとして、入った後の処置が本当の問題。
ブレイクしてすぐに中に入ってきたのだから、失敗と見て、素早く撤退すべきだったのは明らか。もし、もう一度、ブレイクしてきたらそこで再び買ったらいいだけのこと。居過ごしてしまった。これが最も大きな失敗。遅くとも3~5円下げられたところで、一旦損切りだった。
そうしていれば、このトレードは、損ではあったが「失敗トレード」ではなかった。
そして、急落。下の板を当てにしたのも問題。こういう場合は、板があるがゆえに、一気に食われる、下げが加速することが間々ある。それに見事に引っかかってしまった。
こういう意外と大きな下げは想定していなかったのも問題。
急落の後、一旦の戻りがあったのだから、そこで切れるチャンスがあったのに、そこも見過ごした。これも良くない。
最後に再びの下げ到来。ここで投げたのはせめてもの救いであったのだろうか。

この居過ごしの原因のもう1つが、1000株だったこと。あまり良くなさそう(というならやるな!!)と思ったので、株数を最小限に。それが仇となって、大したことない、と思ってしまった。株数が少ないと意外とやられたりする、この典型。これが5000株とかだったら、当然対処は変わっていた。


とまあ、こういう検証を毎日毎日何十というトレードについて行っているわけです。そして、それをトレード記録としてのこして、週末に再度検証します。

勝ったトレード、負けたトレード、両方についてだけでなく、躊躇して入らなかったトレード、入ろうとして指値を置いていかれたトレードについても同様です。

結局、1週間もすると、百以上のトレードについて、結果検証をやって、その結果出てくる課題、そして、解決策が次から次へと出てきます。月間ではその4倍。年間では、その12倍。

これだけの数の実際のトレードを1つ1つ検証し、自分の中で将来の糧として消化することで、一歩、また一歩相場道の階段を上がれることになる、とは思いませんか。

当然、負けトレードはある。しかし、もし、やるべきことをやって、それで負けたのなら、それは、何の問題も無いトレードなのです。
エントリーも納得行くポイントで、損切りもきちんと初期消火できているなら、それは合格点です。
先ほども書いたようにこれは、負けトレードではあっても、失敗トレードではありません。成功トレードです。

結果論ではないのです。

勝ったから良くて、負けたからだめ、ということでは決してない、と申し上げておきます。
それぞれのトレードの結果というのは、相場の気まぐれ次第なのですから、やるべきことをきちんとできたのかどうか、それが問題なのです。


一方で、ある人からこういうことを言われたことがあります。
「相場なんて結果が全てだ。そこにごちゃごちゃ理屈なんてない。勝てば官軍なんだ。」
確かにそういう一面もあります。

しかし、目をつぶって、エイヤー、と買ったものがたまたま上がった。損を頑張りとおして、幸運にも戻ってくれた。損を取り返そうとして、目いっぱい買った株が上がってくれた。
そういう運だけに恵まれて勝った勝利が本当の勝利と言えるのでしょうか。

投資活動・・・この1回のトレードというのは、これからやる1000回のトレードのたった1回目なのです。これからやる1000回のトレードの方が重要なのは明らかです。
将来の勝利に結びつかないたまたま勝った1勝にどれだけの価値があるというのでしょう。

どちらの投資スタンスが正しいと思われるのか、それはこれを読む皆さんにゆだねます。


さて、ドリームさんという方から、こういうコメントをいただきました。
「こんばんは。料理の例え話は良くわかります。
新鮮な美味しい食材はシンプルな料理が一番というのは私も同感です。
料理の基本は塩だと聞いたことがあります。
塩梅、昔から塩加減で料理の良し悪しが決まりますね。
ただ、時々ジャンクフードが無性に食べたくなるのはどうしてでしょう?」

これを読んで、しばらく考えていました。トレードだったらどういうことなのか。
ここまで読んでいただいている方ならもうおわかりだと思いますが、私は、シンプルな投資手法しか使っていません。
ドリームさんの言われる「塩味」です。これはすぐにわかりました。

使っている投資戦略の主なもの、具体的には、ブレイクと行き過ぎの逆張り。誰でも知っているありきたりの投資戦略でしょう。
ただ、素材の目利きが重要、と申し上げたとおり、素材に関して、良い悪いを判断する目を持っているのが違いだと思います。環境認識です。
アームの失敗例も単なる「ブレイク買い」です。

参考として、昨日のトレードの1つで、太平洋金属での逆張りの画像を添付しておきます。これは、快心の一撃でしたが、何故、こんなどん底で買えるのか、目先の天井で外せるのか・・・ですが、これも理屈は色々ありますが、何千というトレードを経験しての「職人の勘」としか言いようのないところがあります。


一方でドリームさんの「ジャンクフード」とは、相場においては何でしょう。これはちょっと考えてしまいました。

それで出た私の答えは「怪しげな必勝法」でした(笑)
宣伝文句を読むと、ついつい買いたくなるような・・・10戦9勝、99勝1敗、これで10万円を1億円にした!!、なんていう宣伝文句についつい引き込まれてしまって・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その13

2008/05/18 Sun

一昨日のたかじんさんの番組で、柔道金メダリストの古賀稔彦氏が私の心に触れる一言を言っていいたのでご紹介したいと思います。

「プライドがあるから、多くの選手は自分の負けを認めようとはしない。そういう人はチャンピオンにはなれない。
チャンピオンになれる人というのは、負けても、それを認めて、敗因を分析して、次の試合につなげることができる。だから、チャンピオンを維持できる。」

「(柔道の)選手が育つ比率は、女子が有望。何故かというと、男子というのは、もともと弱い生き物だから、気力と根性を注入しないといけない。そうでないと、負けても、仕方ないとあきらめてしまう。
しかし、女子には、もともと持っている執念深さが凄い。負けたら本当に悔しいと思って必死で努力する。良い意味で、この執念深さが努力に繋がって、勝てるようになる。」


この古賀氏の一言を聞いていて、相場に対する姿勢も、同じ勝負に生きる者として、必要な姿勢だとつくづく感じました。過去の自分の失敗を振り返ってみて、無駄な回り道に、この負けを認められない自分が大きく足を引っ張っていたのを思い返していました。

負けを認める、というのは、プライドがある人間として、本当に辛いことです。
どうしても、周りの責任に転化したり、記憶から消そうと無視したりしがちです。
負けを認めないというのは、実は、NYが悪い、だとか、政治が悪い、経営者がだめだから損をしただとか、こういう言い訳だけではありません。

実は、こういうときの私の必殺技は、何と言っても「本業逃避拳」でした。
昔はいつもこの必殺拳を使っていました。
相場を志しておきながら、これがどれだけ相場の上達において、足を引っ張ったことか、今考えても、情けなくなります。本業逃避拳は、自分の人生設計においても、最悪の拳法でした。

「仕事が忙しかったから相場を見る暇がなかったのだ、悪いのは自分じゃない・・・(ちゃんと見ていたら勝てたはずなんだ)悪いのは自分じゃないんだぁぁーー!!」

「夢じゃ、これは夢なのじゃ、(こんなに下がった)相場は夢じゃ、もう相場は見ないで、フタをしておこう。ふたをして寝かせておけば、半年後には復活してるじゃろうて・・・フフフフフ・・・塩漬けじゃ、塩漬け祭りじゃ、そうすればこの呪いも解けるじゃろう。日銀の三重野のアホ。何でこういうときに金利を上げるんや。そもそも俺は、本業が忙しくて株なんか見る暇がないんじゃ。わかったか、このボケナス!!(と、儲かった時には、朝刊が待てなくて帰りの夕刊紙を駅で買って、ポケット電卓を叩いて毎日1円単位で利益の計算をしながらほくそえんでいる自分がいたのだが・・・)」


本業を隠れ蓑にして、相場から逃げていては、いつまでたっても今の状態が続くだけです。逃げていては、何の解決にもならないのです。

ケンカをしておいて、形成不利となったら、おかあちゃーん、と親の袖へ逃げ込むような子供になってはいけないのです。ひとりで立ち向かわなければ道は開けません。

相場を志しておきながらも、自分に対する言い訳をしながら、時間をただ無駄に浪費してはだめです。
人生は、自分で思っているよりも短い。今は若いと思っていても、年齢を経てから、振り返ったときに、意外とゴールは近いものです。そういうかえがたい時間を言い訳で無駄に過ごしていいはずがありません。

繰り返しますが、

相場の上達にはけっこう思っている以上に「時間」がかかります。

職人技なのですから・・・年単位です。
私のように下手をすると寄り道をしてしまい、技を磨くのに10年単位の年月が必要となるのです。

しかも、その逃げている時間というのは、上達がストップもしくは、退行している時間と考えないといけません。本気で相場に取り組んでいる時間が年単位、ということです。

だからこそ・・・

逃げたらいかん、逃げたらいかんのや!!

まず、素直に負けを認めるんや。そういう株を買った自分が全て悪いのや。上げ相場を見逃したのは、全て自分の責任なんや。

負けを認めて、何故、今回の負けを喫したのか、負けないようにするにはどうしたらいいのか。必死で考える、努力する、そういう姿勢がなければいつまでたっても、自分に言い訳を続けて、儲けられない自分と付き合わないといけないことになるだけです。

相場に必死でしがみ付いていくことでしか、道は開けません。


同じ話でちょっと観点が違いますが、女子、男子、ということについては、確かに男性というのは、淡白なのかもしれません。

ただ私はというと・・・実は結構負けるとダメージが大きくて、未だに酷く落ち込みます。いても立ってもいられなくて、ちゃぶ台があったら、星一徹のようにひっくり返したくなるような・・・マウスを画面に投げつけたくなるような状態になります。

今でも、負けたときには、家にじっとしていられなくて、外へ散歩に出て、黙々とただ歩いたりします。

こうして、昔は確かに失敗した時には隠れ蓑に逃げていたのですが、今では、そういう時ほど、古賀氏の言うように、必死で努力するようになっています。

これが本業なので、本業逃避拳が使えないのが痛い・・・(汗)

本当に悔しい。もう負けたくない。こんなに惨めな負けはいやだ。

そういう時には、生活費のプレッシャーも頭をもたげます。

もう稼げなくなったのではないか。もう自分はだめなのか。

家族の顔が浮かびます。明日は家族で橋の下で暮らさないといけないのか、と不安がよぎったことも一度や二度ではありません。
数多くのデイトレーダーがこのプレッシャーの押し潰されて、体を壊したり、本当に儲けられなくなったのを見てきています。
胃を壊して血を吐きながらトレードしているディーラーを私は知っています。

だからこそ、負けの原因追及、本を必死で読んでヒントを探して、チャートを何度も何度も見て、何故負けたのか、自分のどこに原因があったのか、どうすればよかったのか、戦略ミスなのか、実行力がなかっただけなのか・・・などなど、今では負けたときほど、飛躍のチャンス、きっかけを掴むことが多い、というのは私の実体験です。

その負けた瞬間、つまり飛躍のチャンスを逃げて過ごせば、また、飛躍のチャンスは遠のきます。もったいないです。

兼業という立場は、負けても本業の収入がある、という意味で、精神的には楽な立場があります。これは、本業への逃げを生みますが、一方では、専業のようなプレッシャーからは開放されているのですから、それだけでエッジがあり、精神的には非常に有利なのです。その有利の立場を生かして、腕を磨き、上手くなるために時間を使うことです。

目先の利益だけにこだわらずに、将来を見据えて腕をあげる、という観点を前へ出すこと、が大切だと思います。
初心者のころに勝った負けたという金額の何十倍、何百倍の金額が腕をあげるということによって手に入るわけですから、目先の小さな勝ち負けにこだわることは、本当にナンセンスなことだと思いませんか。
ちょっとばかりの本代はケチって、相場からは逃げてばかりいる、そうはなっていないでしょうか。

勝っているときというのは、淡々と売買しているだけ、だから、成長も少ない。負けの瞬間こそ、自分が成長するチャンスだ。今では強くそう思っています。



さて、こういう古賀氏の一言など、きっかけをヒント(触媒ということになりますね)に、こうやって色々と考え、思考の散歩に出るのが、私の癖です。いいときもあり、悪いときもありますが、相場人としては、良い面が多いように思います。

ものごとを表面的に理解したり、人の考えを受け売りするだけでは、「大衆思考」になってしまいますから、それでは、エッジを掴むことは難しいのではと思います。
1000人が反対していても、自分が正しいと思う考えに資金を託さないといけないのが、トレーダーですから。

この・・・エッジ(優位性)について、続きを書こうと思っていましたが、次回に譲ります。

というより、今は、野川軍曹のブートキャンプのことを書いているはずなのですが、どうも思考が飛躍して、あっちこっちに寄り道ばかりしています。
思いつくままに、つれずれに書いているので、こなうなってしまっているので、終わりがどこにあるのかさえ、自分でわかりません。
ただ、こうやって書いていると、自分の考えをまとめられて、嬉しいものもあります。これまでの自分の投資活動を総括する、ということもありますし。
もういちど、本筋に戻すようにしましょう。
タイトルも考えた方がいいのかもしれません(笑)

上達のプロセスこそ秘訣 その14

2008/05/18 Sun

エッジについて、くどくどと下手な文章を書いていたら、手元にとんでもない良書が到着。

タイトルは「トレーディングエッジ入門」です。デジャブです。
http://mauitrain.blog111.fc2.com/
2日で読んでしまって、こちらで褒めちぎっておきました。

それにしても、こんなこと、私のセコいブログで書くぐらいなら問題ないと思うのだけれど、本で紹介するなよな。
実際、プロのノウハウとして、とっておいてくれ!!と嘆いても後の祭りで、当然ながら私の説明より上手に書かれている。

しょうもない「相場必勝ノウハウ」情報商材が3万円、5万円もするのであれば、この本の値段を100万円ぐらいにして、会員限定にしてほしかった・・・

今から買い占めます(笑)

ただ、こういう本も表面的に読む人がほとんどなので、その本質を理解できる人というのはほとんどいない、ということがありますから、ちょっとは安心しているわけですが・・・つまり、この本を理解できる人というのは、既にこの本の内容をわかっている人だけ、ということになるので・・・

私も、自分が新しく学ぶ概念について、本を読んでも、最初は理解できないことがほとんどで、そのまま放置してしまって、結局は身に付かない、ということになってしまっています。
昔買った本を読んで、「あれ、こんなに重要なことが書いてあったとは知らなかった。」と思うことがしばしばありますが、こういうときには、自分がやっとその本のレベルに追いついたから、書いてあることがわかった、ということなのです。
本を読んで、すんなりと理解納得していれば、こんなに苦労することもなかったのに、ということがどれだけあったでしょうか。


今まで自分になかった概念を身に着ける作業というのはけっこう大変です。自分という頑強でかつ保守的なバリアーがあるわけですから、それを突破しないといけません。

赤ちゃんにように自分を白紙にして、素直に「学ぶ」ということができれば、人の成長というのは、死ぬ瞬間かで続けることができるでしょうが、実際には、年を経るごとに、頑固、頑強なよろいを1年1年と身にまとってしまっているのです。

私自身は、この頑固さというよろいをまとっている自分、ということを理解したうえで、新しいことを学ぶときには、無理やり自分にリセットボタンを押して、自分を白紙にして、赤ちゃんの心境で、新しいことを吸収できるように「努力」しています。
成長のためには、少しの努力が必要なのです。

頑固で自分の考えしか認めないタイプの人に、「あなたは頑固ですね。」と言うと、きょとんとして、「いえ、私は頑固だとは思いません。」と必ず返事がかえってきます。頑固さを認めないからこそ、新しいことを柔軟に吸収しようという努力もその必要性を全く感じないわけなんでしょう。
しかし、そういう態度は、損だと思います。せっかくの成長のチャンスを自分で摘み取ってしまっています。
何もかも受け取れ、ということではありません。一旦は、新しいものを受け止めて、そして考えればいい、そう思うのです。
受け入れること、そのものを拒否して、不要だと最初から決め付ける態度をしめす人は結構多いです。やはり年を取れば取るほどその割合は増えていきます。
基本的には、自分と違った意見は受け付けない。新しい考えは無視する、そういう態度です。
いわゆる「食わず嫌い」というやつです。食べないのに嫌いかどうか、どうしてわかるのか、と思うのですが・・・


一方で、わかりやすいのは、手法本です(笑)

昔は、相場本というと、私は「どんな手法が載っているんだろう。」という観点だけで読んでいました(汗)。
ですから、目新しい手法が載っていればいい本であり、大したことがない手法が載っていればそれはしょうもない本。手法が載っていないな本は、どうでもいい本。そういう分類をしていたものです。

全てのベースには、手法がありました。

今では、この手法本には、別の見方をしています。手法本は今でも買うのですが、それは、「使えなくなった手法」はこれか、という読み方です。そして、昔はこういうロジックも通用したのか、と読みます。決して、今からさあこれで大金持ち、とは読みません。


さて、このトレーディングエッジ入門には、相場のテクニカル的なエッジの説明だけでなく、何故、エッジが発生するのか、という本質的なところにまで考察が及んでいます。
この本を真剣に読んで、教科書として、しっかりと学ぶことによって、少なくとも、相場で負け続ける、ということはなくなるでしょう。年間を通じて、トータルでは「勝ち組」には入れるはずです。

チャートをパターンと理解するのではなく、その背景にあるものを考えることによって、答えが見えてくる、そういうポイントをこれだけしっかりとおさえた本はこれまでなかったと思います。

これが、私もこの先書こうと思っていた「相場の理解」という部分ですが、チャートの背景にあるものの理解が進むことによって、投資戦略というのは、人に教えてもらうことではなく、自分で考えることだ、自然に自分でエッジのあるポイントが見えるようになってきます。

ただ、何気なく書かれているので、読み逃す可能性があるかもしれませんが、ここがこの本をお勧めする一番のポイントなのです。

ここまでで出てきている投資戦略とエッジについての関係、などなど野川軍曹からブートキャンプで学んだことですが、これら今後説明しようと思っていることを言葉の関係を並べて先に書いてしまおうと思います。

どうして、先にこういうことを書くのかというと、手法という「トリガー」にあまりにもこだわりがあると、どうしても「手法」に押し込めて考えてしまう傾向が出るように思えたからです。

手法、いわゆるエントリーのためのトリガー、株の買い方、が一番上に来てしまうと、もしかしたら、全体像が見えなくなって、迷ってしまう可能性がありますので、先に全体の関係を書いておきたいと思いました。

これは、私も野川軍曹に出会ったときがそうだったのでよくわかります。要するにブレイクで買うんですね。それが手法なんですね。とにかく「手法、手法、手法」です。秘密のプロの手法は・・・というところにもっていこうとしてしまっていました。

それは、逆張りですか、ブレイクですか、とか、とにかく手法(トリガー)という概念で全てを片付けてしまいがちですが、投資戦略、というのはもう少し幅広く考える必要がある、というのが、野川軍曹理論の中核となることなのです。

ここのところがポイントなので、手法を読み取ろうと考えながら読む・・・「こういう手法だ」と決め付けて読むと、本質を見逃す恐れが出てきます。くどくどと御託を並べていて、要するにブレイクが言いたいだけなんでしょ、という感じで読んでしまうと書いている意図とは違う形になってしまいます。

ということで、軍曹の言うところの投資戦略の原則とは、そしてその概要とは、ということを簡単に書くと次のようなことになります。

①投資戦略を考えるにあたって、エッジがどこにあるのかを理解することは非常に重要。

②しかし、そのエッジを考えるには、まず、相場の本質的理解がより大切になってくる。

③そして、そのエッジを利用するための環境認識を行う。

④次に、その環境に沿って、エントリーのトリガー(手法)を決める。

⑤トリガーが設定できれば、エクジットの設定、すなわち事前に設定することになる2つの出口である利食いと損切りポイントの設定にあたる。

⑥実践トレードを通じて、環境認識にともなう例外措置やフィルターの設定、を考える。

⑦その全ての前提となるのは、厳格なリスクマネージメント。


ちなみに、この投資戦略の原理原則については、デイトレードでもスイングトレードでも、長期投資でも全く変わらないものです。

野川軍曹が最も厳格に定めているのは、実は、リスクマネージメントです。全てのトレードの大前提として、リスクマネージメントは存在します。
しかし、多くの方は、このリスクマネージメントについてはほとんど興味を示しませんから、私もあえて後回しとしています。


投資戦略というのは、これが1パックになった話ですが、多くの人が興味を示すのは、いわゆる手法・・・具体的には「株の買い方」であり、どこで買うか、ということでしょう。

先ほどの説明では、「トリガー」に該当しますが、これは、投資戦略の極極一部を構成するものに過ぎません。

手法(トリガー)にこだわらずエッジや環境を考えた方がいいんじゃないだろうか。

料理に置き換えてみましょう。

包丁にそうこだわらないでもいい。中華包丁でも出刃包丁でも柳刃包丁でも。それよりも素材の目利きやレシピ、出汁の出し方にこだわったほうがいいんじゃないか。


最後に先ほどの「トレーディングエッジ入門」からの引用です。

「迷いのトレーディングフェーズという段階がある。彼らは、どこかに秘密兵器やシステムや戦略や指標があって、それさえ手に入ればあれほどの恐怖や精神的な痛みをもたらした負けトレードをさけられることは間違いないと思っている。そして、それまでの負けトレードは、単にその秘密を知らなかったから起こったことだと正当化している。
つまり、すべきことは「その秘密」を探すことで、それさえあれば目標も夢もすべてかなうと確信しているのだ。
しかし、必死になってトレーダーとしての成功をお金で買おうとしていること自体が彼らを失敗へ導いている。
素人ゴルファーが練習場に行く代わりに600ドルのドライバーを買ってコースに出た結果、飛距離は10ヤード伸びたけれど林に打ち込んでしまうようなものだ。迷っているトレーダーが買ったパターンや、指標や、戦略には価値あるエッジがあるかもしれないが、それだけでは利益は上がらない。」

上達のプロセスこそ秘訣 その15

2008/05/19 Mon


前回の14を読んでいて、くどい上に、ひとりよがりな文章を書いてしまったものだと反省しています。少し修整しましたが、そもそも用語の定義など人それぞれですから、どういう解釈があってもいいわけで、たまたま私は、軍曹に習った定義を使っている、というのに過ぎません。

この「腕」ということをテーマにして書いているのですが、職人ですから、弟子が親方に「ここを教えてください」というと、「ばかやろ、こういうのは、仕事をつづけて盗むものなんだ!」「10年早い」みたいなもので、どうしてもそういう感覚を文章にすると、「くどい」となってしまうものだと、また、反省です。


さて、今回は、お約束の「エッジ」ということについての具体例を出していきたいと思います。

2003年から新興市場を中心として、猛烈な上げ相場がスタートしました。記憶に新しいところだと思います。この上げ相場は、2003年初から2005年の末まで、3年間続くこととなります。
画像は、JASDAQ平均の月足ですが、3年間で約3倍になる、という大相場が発生しました。

この猛烈な上げトレンドの発生、このトレンドが発生している最中は、どこかで買ってさえいれば儲かるわけです。どこかで売っていれば(空売り)損をします。つまり、上げトレンドという「エッジ」がここにあるわけです。
当然にこれだけトレンドが続くとわかっていれば、最初に買って、ロング・アンド・ホールドでいいわけですが、どこまでつづくかはわからないので、何らかの手法を使ってこのトレンドに乗っかっていくことになります。

この上げ相場の3年間に、多くの「にわかトレーダー」が誕生しました。色んな手法を駆使して、瞬く間に億という資産を作った若者も大勢生まれました。

この中のあるトレーダーは、高値を抜けたら買う「ブレイク買い」を推奨し、また、「ストップ高を買っておいて、翌日のギャップアップで売り抜ける」という手法を構築し、これが大流行しました。

また、あるトレーダーは、「イントラデイでの急落を狙って買い、そして反転したら素早く利食う。急落のポイントはフィボナッチリトレースメントを使う」という手法を使い億という資産を作りました。また、彼の成功に触発されて、数多くのにわか逆張りデイトレーダーが誕生しました。

また、あるトレーダーは、「当日の値上り率上位10傑を終値で買って、ギャップアップを狙い、翌日の寄り付きで手仕舞う」という手法で大金を儲けました。

また、別のトレーダーは、「当日朝9時過ぎの値上り率上位10傑を全て買い、前場の引けで手仕舞う」という手法を駆使して、大金を稼ぎました。

また、あるトレーダーは、「イントラで上昇傾向にある銘柄を引けで買って、翌朝ギャップアップしたところを利食う」という手法で大儲けしました。

また、多くのトレーダーは、「IPOを初日から全力買い」という手法?で、大儲けしました。

また、あるトレーダーは、「新興不動産株の全力買い」という手法?で、大儲けしました。彼は、銘柄選択について、本を出しました。

また、あるトレーダーは、「全体が急落し、25MAからの乖離が拡大した局面で全力買い」という手法で、大儲けしました。

これらのにわかトレーダーたちは、これらの「手法」を駆使して、相場を征服し、資金をどんどん増やしていける、というバラ色の人生設計をしたことでしょう。

自分の手法は、うちでの小槌だ!、この手法を駆使すれば金は幾らでも作ることができる、そう思ったバラ色の瞬間が、2005年の末だったと思います。

2006年に入りました。
自分の「手法」が儲けさせてくれたのだ、と信じて疑わなかった彼らが、その後も、同じ調子で売買を続けても、それは仕方がなかったことでしょう。

しかし、あれから2年が経ち、彼らの多くが消えてしまいます。
数多くのブログは閉鎖されました。大損を繰り返して資金を枯渇させた者、資金の大半を損する者、投資サイトで食いつなぐ者、投資情報を提供して逮捕される者などなど・・・さんさんたる状況になりました。

実は、彼らが気がつかなかったこと・・・それは、手法が優秀だったから儲かったわけではなく、環境が儲けさせてくれたという事実・・・そして、その環境の終焉、猛烈な上昇トレンドが終ったという事実、上昇トレントという環境が、エッジが消えた、ということだったのです。

ポイントは、「猛烈な上昇トレンドが続いていた」という環境にあったわけで、彼らの手法が優れていた、ということでは、決してない、ということにあります。

環境に対して、手法というものがいかに無力なものか、を思い知る瞬間だったでしょう。

環境さえ整っていれば、環境認識さえできれば、どこかで買って、どこかで売れば、儲かるわけです。それこそ適当に買って、2~3日後で売れば利益が出ている、そういう上昇トレンドというエッジがあったわけです。

また、この場合には、銘柄選択というのは、「それなりに」のみ重要であった、といえるわけで、やはり相場全体の環境の影響がほとんどであった、と言えるわけです。

この猛烈な上昇トレンドという環境にあったときに、その手法が「トレンドフォロー」であろうが、逆張りであろうが、ある意味、そんな手法など「どうでもいいこと」であったわです。ただ、どこかで「買いサイン」が出ればよかったのです。

さらに言うと、トレンドフォローの手法として、高値のブレイクであろうと、MAクロスであろうと、ボラティリティのブレイクであろうと、ボリンジャーのブレイクを使っていようと、それが「決定打」になったでしょうか。
高値のブレイクではだめだったが、MAのクロスでは大儲けだった、ということなどあろうはずがありません。どれもこれも、結果は、大同小異です。

トレンドがそこで継続してくれたかどうか、のみがポイントだったのです。

このように手法というのは、ある相場の環境に対して、飛び乗るための「きっかけ」「切り口」「入り口」を提供するにに過ぎません。

この「きっかけ」に過ぎない手法に、夢を求めて、ここに秘密、ノウハウがあるはずだ、聖杯がかくれている、といくら追い求めたとて、それは、はかない夢に終ってしまうということは、過去のカリスマたちが証明してくれています。

手法万能論者は、この入り口のきっかけをただひたすら追い求めて、答えの出ない世界に迷い込んでしまうことになるのではないでしょうか。


さて、エッジというのは、狭義には、「統計的優位性」と定義できますが、これ以外にも「優位性」を見出せるものは、エッジと定義したほうがわかりやすいかと思います。

ここまでの説明のとおり「トレンド」という環境は、一番わかりやすいエッジだと思いますが、エッジは、これ以外にも相場の色んなところに潜んでいます。

例えば、パニックによる急落、相場の行きすぎという環境・・・これもエッジになるでしょう。

また、225銘柄の入れ替えに伴うインデックスファンドの機械的売買を利用する、だとか、一部昇格に伴うTOIPX買い、などもエッジでしょう。

また、持ち株会が月末に決まって買いを入れてくる銘柄、というのもエッジが見えます。

オプションの時間的価値の減少もエッジです。

デイトレーダーは、相場に張り付いて、1ポイントの値動きも見逃しません。これは、他の兼業の投資家に対するエッジになるでしょう。他の投資家が見逃すような1ポイントの利益を得ることが可能だからです。

また、私は、6画面使っていますが、1画面の人よりエッジがあると言えるでしょう。

ディーラーの執行端末は、速いとすると、それだけでエッジです。

このように、エッジのある環境をいかに認識するか、そして、その環境の終わりをいかに認識するか、に全力を使った方が、飛び乗り方を研究するよりも、有意義ではないか、とは思われないでしょうか。

上達のプロセスこそ秘訣 その16

2008/05/25 Sun

今回は、こちらの別サイトの記事を参照してください。
http://mauitrain.blog111.fc2.com/blog-entry-25.html

本の紹介とともに、システムとデイトレードについてのポイントに触れてみました。

デイトレを将来はやっていきたいが、今は仕事もあって練習も無理、だとか、いきなり裁量でのデイトレードは重い・・・という方には、こういうロジックを使いながら、トレードをはじめて、実際にトレードすることによって、自分の心がどのように揺れ動くのか、ポジションを持つということがどういうことなのか、利食いとロスカットについて、など、実際に売買することによってのみ理解できること、体で覚えることできると思います。

システムトレードというだけでなく、デイトレードということの入り口という意味で、システムを使うというのは、ロジックに損切りが含まれますので、大きな損害を防ぐこともできるので、裁量から入るよりもいいのかもしれません。

このシステムは、記事でも紹介していますが、寄り付きと引け売買ですので、非常に執行が容易です。どんなに腕がなくても、執行に失敗する、ということはありません。ロジックどおりただ淡々と売買すればいいのです。
もちろん、デイトレといっても、張り付く必要はなく、兼業でも問題なく売買できます。

ロジック的にも記事で紹介しているように、しっかりしていますので、比較的安定しており、フォワードテストにもしっかり耐えており、カーブフィッティングも入っていません。

これで利益を出す、というところだけではなく、デイトレードという売買の経験値を積むこと、そういう意味でもつかえるのではないか、と思うところです。

miniを小枚数でやることによって、勝っても負けても大した額にはならないようにしておいて、結果ではなく、経験値を上げる、というプロセス重視でチャレンジをされてはどうでしょうか。

このNYに対する過剰反応の逆張り、というロジックは、システムを使わない多くのデイトレーダーもエッジのある環境認識として、注目しているものだと思います。
これは、前回で書いたところの「エッジ」の1つです。
当然、私もこのエッジを利用することが多いです。

だからこそ、先ずはシステムで入って、このエッジの性質を体で覚えて、それから、さらなる有効利用の方法論、デイトレーダーとしての超短期売買に活用できる環境認識への移行、など、使えるところは沢山あるものです。

上達のプロセスこそ秘訣 その17

2008/06/01 Sun

トレーディングエッジ入門という本をお勧めしていましたが、その本を読んだももさま、という方からの質問とその私の答えが参考になるかと思います。
http://mauitrain.blog111.fc2.com/?no=24

相場の理解とは、何か、前からちょくちょくとこちらにも書いていますが、より具体的に書いてみました。

こういうご質問があると、私も切り口があって、とても書きやすかったです。ももさま、ありがとうございました。


軍曹は、いつも言います。

「何故それは起こるのか」

「原因があって結果がある」

「マーケットが存在する限り永遠に通用する本質的な考え方」

そういうことを真剣に考えることによって、相場が見えてくる、そういうことの大きなヒントになるコメントです。

上達のプロセスこそ秘訣 その18

2008/07/20 Sun

本の紹介をしてるサイトで、「相場の初心者なのだけれど群集心理について、詳しく知ることのできる本はないでしょうか。」という質問がありました。
こういうご質問というのは、私自身の考えを揺さぶる触媒として、大変ありがたいものです。

これのお返事とともに、どうも私の感想やコメントが、そこそこの相場経験者の目線でしかないことを思い、

「これから相場をはじめようとしているのだけれど、どうやったら正しい道筋の勉強をすれば、相場で利益がだせるようになるのだろうか。」

という視点から、何か書けないだろうか、と色々と考えてしまいました。
そして書いたコメントがこちらです。
http://mauitrain.blog111.fc2.com/?no=27

実は、こちらに書いてる「上達のプロセス」というのも、そもそもは、そういう目線だったのですが、いつしかブートキャンプの思い出話になってしまって、その思い出の記憶が中途半端だったので、そこから進めない状態になって、今に至っています。

そういうことを思うと、途中で途切れてしまってはいますが、もう一度初心に戻って、

「相場を始めたころにしなくてもいい苦労や、無駄な回り道を回避して、どうやったら、相場で利益をだせるようになるのかの道筋」
という視点で、こちらの書き込みも考えてみようと思います。

上達のプロセスこそ秘訣 その19・・・値頃衆の季節

2008/10/08 Wed

225先物が1000円安、ついぞ見なかったものでした。

バブル崩壊のころですから、1989年まで遡らないと無かった光景です。
この1000円安というのを見ると、当時の自分がフラッシュバックしてきました。

前の記事に書いたように、当時、私は、値ごろで売った空売りでやられていたぐらいですから、ノーポジで暴落をむかえることができました。

1月から下げ始めて、4月に一旦戻ったものの、再び下落、そして、大きく下がった7月、満を持して、大量買い出動、したのです。
暴落を回避できて、得意満面でした。

買ったのは、当時あった円建て上場ワラントという超ハイリスク商品です。
忘れもしませんが、富士通のワラントを12円~14円で1000万円仕込みました。

これだけではなく、外貨建てキャノンのワラントなど、総額2000万円の投資でした。

ちょっとしたリバウンドでも、億に近い利益が出るものすごいポジションです。
今で言うと、コールの全力買い、という感じでした。

しかし、8月、フセインのイラク進行で、全ては終りました。毎日100万円の損が出続け、気が付けば、富士通ワラントは、1~2円となっていました。泣く泣く損切りして、100万円、つまり10分の1の資金を回収しました。ここで、それまでの3年間のバブルに乗って稼いだ資金のほぼ全てを吹き飛ばしたのでした。

何が悪かったのか、当時は、「フセインのせいで損した」と思っていたのかもしれませんが、今では、とんでもない投資をしていることがわかります。

まず、レバのかけすぎ、自信過剰です。リスク管理なし、恐いものなしの突貫小僧でした。
当時は、独身。お金など、単なるチップに過ぎません。
仕事をしていたのですが、トレーダーとして成功する3条件(独身、ニート、パラサイト)のうち2条件には完全にマッチしていましたので、お調子に乗ってもしかたがなかったのか・・・
一言でいえば、「経験不足」でした。

次に、トレンドは、下にもかかわらず、こんなに下がったのだから、もう底だろう、と自分が「神」にでもなったつもりで、相場を予想しています。

大きく下がった相場は、いずれ急反発する、そういうリターンリバーサルがどこかで起こるのですが、では、どこで起こるのか、それは誰にもわかりません。

たしかに、経験則からは、25日移動平均から乖離が25%で底を打つ、などと言えるのかもしれませんが、当時のバブル崩壊で言えば、それまでの40年間に、下がったら買い、という経験則など、木っ端微塵に吹き飛んだのです。

終戦から、平成元年までの約40年間というのは、日本の高度成長もあって、3ヶ月程度下がれば、底をつけて相場は上がる、この法則さえ知っていれば、誰でも儲けられる相場でした。

私は、この「3ヶ月波動」というのを経験則から、そして、林研究所の会報でも知っていましたから、3ヶ月~6ヶ月の下げにむかえば相場に勝てる、そう信じて疑わなかったのです。

実は、バブル相場の続いたそれまでの数年間は、ずっとその3ヶ月波動を利用して利益を出してきていましたので、大いなる自信につながっていました。
この3ヶ月波動には、40年のトラックレコードがあるのです。信じてもおかしくはないでしょう。

しかし、その神話を信じて、私は破綻しました。

昭和のバブル崩壊というのは、それまでのシミュレーションには存在しない暴落でした。
毎日毎日日経平均が1000円ずつ下がっていくのです。もう底だろうもう底だろう、毎日そう思っていても、面白いように相場は下がっていきます。

結局、1989年に39000円だった日経平均は、その後2002年まで下がり続け、7746円で底を打つまで実に13年間下げが続き、平均株価は、その間に5分の1となったのです。

後で振り返れば、凄い下げ相場ですが、3~6ヶ月したら戻っていたバブル時の経験則から見るしか、当時の私にはできませんでした。
後講釈と、リアルでの相場は全く違うのです。
まさか相場が5分の1になるなんて、想像をはるかに超えたものだったのです。

ただし、歴史観から言えば、戦後初の金融恐慌(ただし日本だけ)だったのです。
(ちなみに今回は、世界的金融恐慌です。あしからず)

金融恐慌など経験していない一個人投資家の私の相場観など、小さなゴミのように吹き飛ばされても当然だったのです。

もし、相場観を持つとしたら、自分の経験則といった偏狭なものではなく、ローマ人の物語から、オランダのチューリップバブルなど、2000年の歴史観から、相場観を持つのであれば、有効なのかもしれません。

その歴史観から学べることは、

相場には、どんなことでも起こり得る

相場に限界はない

恐怖と欲望という人の心が変わらない限り、いつの時代でもバブルは起こり、そして破裂する

ということでしょう。


さて、そういう偏狭な相場観ですから、この間、私は、もう底だろう、もう底だろう、そう信じて、何年も何年も相場を買い中心で攻め続けました。

立派な「値頃衆」です。

たかだか数年のちょっと小銭を儲けた経験を金科玉条(きんかぎょくじょう) とする、何と視野の狭い投資家だったのでしょうか。若さゆえの過ち、とはこのことです。とにかく経験不足でした。

底だと思っているのですから、ちょっと相場が反発しかけると買う、しかし、ちょっとは上がっても、しばらくたつと、新安値に沈んで損切り、こんなことを繰り返し繰り返しやっていました。

相場の研究を必死で続けながらも、利益が出ない日々を何年も何年も続けていたのです。

しかし、自分のどこが悪いのか、全くわかりませんでした。

人というのは、「自分が一番正しい」と思っているものです。
自分が一番正しいのですから、自分が思い込んでいること以外は、耳に入っても全く記憶には残らない、という勝手な生き物です。
相場で損を何年も続けて、相場から「あなたの投資方法は間違っている」とはっきりと通告されているにもかかわらず、「自分の投資信条は正しい」そう思い込んでいるのが、人、すなわち大衆投資家です。

このように当時の私は、自分の中の「値頃衆」が正しい、そう言っているのですから、「こんなに頑張って、正しいことをしているはずだ。必死で研究して、正しく底で買おうとしているのに、どうして損ばかりするのか。底を当てる必勝法を知らないからなのか。もっと、隠された必勝法を探さねばならない。」そう思っていました。


そうして、1996年、もうバブル崩壊から7年間、苦悩の日々の中で、野川徹氏との出会いがあったのです。

野川氏の基本理論は、極めてシンプルでした。


①トレンドに乗ること

②損を小さく切ること


究極は、この2つです。

相場をちょっとでも勉強していたら、誰でも知っている、ことでしょう。

どんな本でも、書いていることです。

しかし・・・そんな簡単なこと、

私は、

知ってはいても、全く実行できてはいなかったのです。

何百冊も本を読んでいて、何度この原理原則を読んだことでしょうか。

自分では、必死に相場で勝とう、勝とうとしていましたが、そんな簡単なことすら、全く守れずにトレードしていたのです。

もちろん、逆張りが悪い、そういうことではありません。林研究所では、私が会報を取り始めた昭和56年当時には既に、体系化されたリスク管理をベースにおいたうねり取りなど逆張りの高度な技術が体系化され研究されていました。
しかし、私は、そういうものを全く読み取れずにいました。私の我流逆張りは、いわゆるイモ筋の大衆逆張りであって、値頃だけを根拠に、感覚的に売買し、しかもリスク管理も全くできていないという、ボロボロなものだったのです。

もう底だろう、もう底だろう、と自分が一番安値を買おうとして値頃で逆張りするが、下げ相場なのですぐに落とされてしまう

ちょっと損をしたら、戻ったら売ろう、と思う。しかし、あ、下がってしまった、こうなったら塩漬けや、そう思っているうちに、相場は暴落・・・恐ろしくなって投げたらそこを底にして相場は無情にも反転する

戻りかけたら、慌てて追っかけ買いをする、しかし、すぐにまた落とされる

この繰り返しです。はっきり言って、勝てるはずもなかったのです。


この後、野川氏の下で、トレンドに乗るということ、小さく損切りすること、これを

・・・いかに実行するのか・・・

軍曹にしごかれながら、本当にいやでいやで仕方がなかったこの原理原則に基づいたトレードを強制的にさせられることになります。これも過去のこのシリーズで書いたとおりです。

それまでは、

底で買うことを目標に、

損しても頑張る美学、

を持っていた「値頃衆」にとっては、前に書いたように本当に「地獄」でした。

底を当てて、大底で大きなポジションを取って、少々の下げに耐えて、追証で頑張り、そして天井で売る、そういう素人目から見た「相場師像」を理想としていた私にとっては、青天の霹靂だったのです。

何だこりゃ、何でぐちゃぐちゃ損切りするんだ、どうして高値で買うんだ、どうなってるんだ・・・天才的な相場観で底を当てるのが相場師ではないのか??



さて、今日の下げを見て、当時のそんなことを思い出していました。

これだけ下げると、私の中の「値頃衆」が騒ぎます。

買え、買え、ここは底だ、そう叫んでいるのです。

結果論として、それは正しいのかもしれません。急反発が当然期待できます。

しかし、私は、今日この叫びを実行には移しませんでした。

何故なら、私は、トレンドに乗ること、損を小さく切ること、をきちんと「実行する」ことで、ここまで家族を相場の利益だけで養ってきているのですから・・・

上達のプロセスこそ秘訣 その20・・・自己規律①

2009/02/07 Sat

ビットウィーンさん、といういつもこちらのブログにコメントをいただいている方のブログを読んでいて、野川ブートキャンプのころを思い出していました。
http://betweenfx.blog43.fc2.com/blog-entry-226.html

人の記憶というのは、はかないもので、野川ブートキャンプの記憶も、初期のころに大きなカルチャーショックを受けたころの記憶ははっきりしているのですが、その後、日々学んだことはだんだんと記憶から消えていってしまっているものです。

そこで学んだことは、すでに自分の記憶という領域から、自分自身の考え方、腕として取り込まれているものですから、それらを最初にどう学んだのか、ということを忘れてしまっているのです。

そういうことから、筆が重くなって、このシリーズの続きが途絶えがちになってしまっていました。

訪問していただいている方の興味のポイントでもあるのは、私の感想なんかではなく、野川軍曹からどういう教育を受けたのか、ということだろと思いますので、できるだけ、キャンプでの日々を綴りたいとは思っているのですが・・・

ビットウィーンさんのブログを読んだ触媒で、改めて記憶がよみがえった部分を今日は書こうと思います。
続きで書きますので、過去の「上達のプロセス」シリーズを読んでいない方には、唐突かもしれませんが、あしからず。



当時、野川軍曹から強く厳命を受けていたのは、次のようなことです。

「大切なことは、やるべきことをきちんとやったかどうかであって、結果はどうだっていいんだ。やるべきことをやって、結果損したとしても、それは成功なんだ。」と。

そして、軍曹はさらに言います。

「最悪の経験というのがある。それは、エントリーして逆行された。当初想定していた損切りラインを突破。しかし、反転すると考えて損切りしない。我慢。我慢。そうして、損がだんだんと膨れ上がってくる。そのうち、相場が反転してくれて、損は急速に縮小。プラスに転じた。そして、ちょっと利食いで終わる・・・このような経験は、はっきり言って、最悪だ。」



当時、多くのキャンプ参加者は、疑問に思っていました。

負けたトレードが良いトレードで、勝ったトレードが悪いトレードって意味不明??

相場なんか、勝てば官軍、負ければ賊軍とちゃうんか。

相場なんて、所詮は勝ってなんぼのもんやないんか。

頑張って利益に回したのだから、それは頑張りの勝利、とちゃうんかいな。

理屈ばっかり言っても、結局は、幾ら勝ったか、幾ら負けたか、だけが相場の成果なんとちゃうんか。


こういう自分、自我というものが出てきて、軍曹の話を拒絶してしまうのです。

プロである師匠の教えをアマである弟子が受け入れない、というのは、本来どんな修行過程でもあってもやってはいけないことであるはずです。


しかし・・・こと相場においては、

プロの考え方というのは、アマの思い込みをとことんに「破壊」するもの

なのです。

ちょっと繰り返します・・・破壊するのです。


ですから、それなりの人生経験を積んでいる弟子としては、「それは違うやろ、軍曹、それはおかしい。」と受け入れ拒否を繰り返してしまうものなのです。

他の教えもまたご紹介できればと思いますが、アマの思い込みをことごとく否定され続けます。そうなると、人格否定のようで、とにかく「辛い、辛いです・・」


しかし、合理的に考えたらおかしな話です。

私のように努力して努力して、それでも毎年毎年損を出しているヘタッピーなモロアマ投資家が、プロ中のプロの話を否定する。

アホの極み、というのは、こういうものですが、実は、大勢の弟子が同じ思いで軍曹の話を聞いていました。

相場で勝つために大切なことを教えてもらっている。

しかし、心では拒絶する。もしくは、聞いていても全く「豚に真珠。猫に小判」状態で、大切なことを大切なこととは感じない。

右から左へ聞き流すぅーー。

そして、自分で大切なことと勝手に思っていることは、ただ一点だけ・・・それは、

売買手法、戦略!!

ここには、聞き耳を立てて、一言でも聞き逃さないように、必死になって聞く。ノートを取る。

ということなんです。


さて、軍曹の話に戻り解説します。
当時は、なかなか理解できなかったことでも、今では理解できるレベルに到達できたからこそ今の立場もあるわけですので。

何故、結果オーライではないのだろうか。

軍曹とキャンプ参加者の見ているものには、どのような違いがあるのか。

そこがヒントになります。

実は、1回1回のトレードを見る視点の高さ、にそもそも違いがあるのです。

これは、プロとアマの違いにモロ直結する視点の違いです。

弟子の視点というのは、この1回の勝負が勝てるかどうか、実際にポジションを持ってしまって、勝負しているときには、このトレードで勝てるかどうか、もう必死です。

勝てるように、必死になって、理由を探して、今回の勝負に全力投球です。
一球入魂、この一球に我が人生を賭けた、みたいな感じでしょうか。

ですから、手段を選ばず、とにかくこの勝負に勝つということに全力疾走であって、結果勝てれば満足、負ければガッカリ、なのです。

プロセスはどうあれ、勝てば官軍、負ければ賊軍です。


こうやって読んでいたら、他人事ですが、自分が実際にトレードしているときを考えるとそうではないでしょうか。

一旦ポジったら(ポジションを持ってしまったら)、買いポジとすると、

「上がってくれ、上がってくれぇぇぇ、頼む、今回だけは、上がってくれ、後はどうなってもいい、今回だけは勝たせてくれぇぇーー。良いニュースよお出ましあれぇ、ああ神よ、お願いだ、NYよ上がってくれ、頼む。偶然でもいいから勝たせてくれぇぇ。」(魂の叫び)

そうなってはいないでしょうか。

もう、冷静にチャートを見るだとか、戦略を考えるだとか、リスクを計算するだとか・・・どこかへ消し飛んではいないでしょうか。

デイトレだと、

「板よ、買い板よ、お出ましあれぃーーー、買い板さん、お願いだから出て来てくれ、そして売り板をどんどん食うんだ、食え食え食え食うんだジョーぉぉぉーーー」(明日のジョーのおっちゃんバージョン)

とは、なっていないでしょうか。


馬券を握り締めて、

「おっしゃぁぁぁぁーーー、行け行け行け行け、そのままそのままそのまま、おっしゃーぁぁぁ!!」

と、馬を応援する競馬ファンとどこが違うのか・・・


私は、これを称してこう呼んでいます。

「ポジったら、3の倍数になって、アホになる」(世界のなべあつバージョン)


感情の赴くままに、トレードをすること、とにかく楽しい、馬券=株を持って応援する、ギャンブル好きにはたまらない一瞬、この楽しみのために相場をやっているようなもんだ、という投資が、アマ的な「典型的アミューズメント型投資家」としてならいいのですが、勝つためには、百害あって一理なし、となってしまいます。

人間は、楽しいことを繰り返すように作られています。人としての性(サガ)です。投資においては、この性がとんでもなく勝つための邪魔をする、ということを学ばなくてはいけないのです。


さらに、カネを取るか取られるか、ポジった現場においては、人として最も強烈な本能がフル回転を始めます。

生存本能

です。この本能に逆らうことは、容易ではありません。



一方、軍曹の視点は、こことは全く違います。

常に次のような視点で1回1回のトレード考えていたのです。

「今回の勝負は、勝つのか負けるのか、これはわからない、しかし、このような勝負を繰り返せば、エッジのある取引なのであれば、トータルとして、間違いなく勝てる。」

「仮に、負けを引っ張って勝ってしまったら・・・人間だから次も同じ局面に出会えば、つまり損をしたら、また引っ張るだろう、そうすると、いずれ大きなトレンドの逆行につかまって、再起不能の大損をしてしまうことになる。」

だから、このような勝負で勝ってしまうことは、「最悪の経験なのだ」となるのです。


軍曹の視点は、今回の勝負をしながらも、すでに視点はここにあるのではなく、これから続ける1000回、10000回の勝負にあったのです。

今回勝負中に、この勝負は、これからやる1000回のたった1回目だ、何故、この1回目の勝負にだけ執着するんだ、というのが軍曹の主張だったのです。

換言すれば、1回1回の勝負の勝ち負けは、偶然の産物にしか過ぎない。しかし、繰り返せば、大数の法則が効いてくる、それをただ信じるのみ、というのがプロの勝負の方法なのです。

だからこそ、その結果、1回1回の勝ち負けには、全く執着が無い、ということになるのです。

それを知らない、つまり、視点が目先のこの勝負にしかないブートキャンプ訓練生にしてみたら、それは全く見えない世界だったのです。



しかし・・実は、こういう冷徹な勝負の見方、考え方、には実行困難にさせる大きな心理的問題がよこたわっていたのでした。


文字数制限のため、次回・・・つづく

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プロフィール

あらなみ

Author:あらなみ
職業:個別株投機家・専業デイトレーダー

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